洗浄瞑想法
水晶の中に揺れる影
心の奥で静かに映る
金色の龍、目覚めしとき
風は吹き、嵐が舞う
滝のように降る雨に
すべての痛みが流れてゆく
龍の力、心に刻む
今、清められ新たな道へ
UA-135459055-1
洗浄瞑想法
水晶の中に揺れる影
心の奥で静かに映る
金色の龍、目覚めしとき
風は吹き、嵐が舞う
滝のように降る雨に
すべての痛みが流れてゆく
龍の力、心に刻む
今、清められ新たな道へ
一言ご挨拶を申し上げます。 本日、この「オーラの祭典・世界平和祈 念大法要」が、このように盛大に、かつ霊的にも充実した大法要として 無魔行満することができました事は、ひとえに第十四世ダライ・ラマ法 王猊下のご来臨、ご親修の賜であります。ダライ・ラマ法皇猊下、あり がとうございました。
さて、いまさら申すまでもなく、この世の中が平和であってほしいと いう願いは、いつの世においてもすべての人が抱くところの願いであろ うと思います。 その願いが、いまほど切なる時代が、かつてあったであ りましょうか。
絶対に戦争を起こしてはならない。戦争は、絶対にいけない。世界中 の人々が、皆そう願い望みながら、しかしなお、この地球を覆う破滅の カルマが日一日と濃くなりつつあることを、わたくしは感じるのです。
しかしながら、宗教家であるわたくしは、政治とか外交とか、あるい は経済とか、そういった手段・方法によって世界平和をアピールしよう とは思いません。宗教家であるわたくしは、祈りによって世界平和を実 現せねばならぬ、このように考えております。
祈りは、人を浄めます。
祈りは、人を高めます。
祈りによって、仏を動かす。 祈りによって、神を動かす。
祈りによって、天地を動かして、
世界平和を実現せねばならぬ。
2
もちろん、瞑想の効用は、あらゆる宗教が説き、取り入れております。 しかし、だれもが、いつでもできるように、 そして、具体的なイメージ をもって、きちんと解き明かした瞑想の解説は、あまりにも少ないよう 思います。
今日ご紹介する瞑想法は、「般若心経瞑想法」と申します。わたくしが 般若心経をもとに作ったものです。
般若心経は、世界中の仏教徒に共通の経典です。 これは、わずか、漢 字二百六十文字でブッダの教えをすべて説き明かしております。それは、 「有」と「無」との対立を超えたところに、「空」という「カルマ」を断 つ真理の世界のあることを教えています。
わたくしは、この真髄を会得するために、この優れた経典である般若 心経をもとに「般若心経瞑想法」を作りました。 それは、ブッダの「慈
悲」の心と智慧を体得する基礎的段階の瞑想法です。そして、このこと 具体的にご理解いただくために思い切ってビデオにしました。
わたくしは、こう、考えています。 本来あるはずのないイメージを具 体的に映像化することによって、だれもが容易に瞑想の世界の扉をたた き、その扉を開くことができる。そう、考えています。
このビデオを観て、皆さまが、少しでも魂の癒しを得ていただければ、 今回、わたくしがニューヨークにまいりました甲斐があります。わたく しは、アメリカの皆さま、民主主義を愛するすべての人々とともに、未 来に明るい光を見たいと切望しております。 それを心から希望して、 そ
のためにわたくし自身、自らがシナリオを書き、そして監督し、これを
作り上げました。十二分間です。どうぞ、ご覧ください。
もちろん、瞑想の効用は、あらゆる宗教が説き、取り入れております。 しかし、だれもが、いつでもできるように、 そして、具体的なイメージ をもって、きちんと解き明かした瞑想の解説は、あまりにも少ないよう 思います。
今日ご紹介する瞑想法は、「般若心経瞑想法」と申します。わたくしが 般若心経をもとに作ったものです。
般若心経は、世界中の仏教徒に共通の経典です。 これは、わずか、漢 字二百六十文字でブッダの教えをすべて説き明かしております。それは、 「有」と「無」との対立を超えたところに、「空」という「カルマ」を断 つ真理の世界のあることを教えています。
わたくしは、この真髄を会得するために、この優れた経典である般若 心経をもとに「般若心経瞑想法」を作りました。 それは、ブッダの「慈
悲」の心と智慧を体得する基礎的段階の瞑想法です。そして、このこと 具体的にご理解いただくために思い切ってビデオにしました。
わたくしは、こう、考えています。 本来あるはずのないイメージを具 体的に映像化することによって、だれもが容易に瞑想の世界の扉をたた き、その扉を開くことができる。そう、考えています。
このビデオを観て、皆さまが、少しでも魂の癒しを得ていただければ、 今回、わたくしがニューヨークにまいりました甲斐があります。わたく しは、アメリカの皆さま、民主主義を愛するすべての人々とともに、未 来に明るい光を見たいと切望しております。 それを心から希望して、 そ
のためにわたくし自身、自らがシナリオを書き、そして監督し、これを
作り上げました。十二分間です。どうぞ、ご覧ください。
水晶が机の上に置かれていた。透き通ったその結晶は、どこか神秘的な光を放っているように見える。男は深く息をつき、そっとその光に目を向けた。心の奥底に潜む不安やモヤモヤが静かに浮かび上がってくる。最初はただのぼんやりとした影。しかし、視線を固定し、心をさらに静めると、影の中に微かに何かが動いているのが見えた。
時間が過ぎるにつれ、その姿は徐々に鮮明になってきた。大きく、威厳を感じさせる存在。それは龍神だった。金色に輝く鱗をまとい、鋭い目でこちらを見つめている。男はその姿に息を呑んだ。これが「龍王」なのだと、心の奥で確信した。
この龍神の姿が、ただの幻影ではないことを知っていた。何日もこの水晶を見つめ続け、やっとその姿を完全に捉えることができるようになったのだ。これから行う「洗浄瞑想法」の準備は整った。
男は再び深く息を吸い込む。龍神に向けて心を開き、祈りを捧げた。龍神の力によって、雨が降ることを願い、その雨が自身の不浄をすべて洗い流してくれることを求めた。水晶をじっと見つめていると、突然、透き通った空の中に一つの雲が現れた。
その雲は徐々に広がり、空全体を覆い尽くす黒い雲へと変わった。同時に、風が強まり、空を支配する嵐の気配が漂ってきた。男は目を閉じ、心の中で龍神の姿をさらに明確に想像した。水晶の中で見た金色の龍が、暴風を巻き起こし、空に君臨している。その力強い存在が、自分の心と体を浄化してくれるという確信が、ますます強くなっていく。
そして、ついに大雨が降り始めた。激しい雨が頭上から滝のように降り注ぐ。その冷たい感覚が、まるで現実の滝行のように、全身を包み込んだ。雨の一滴一滴が、心と体の中に溜まっていた不浄を洗い流し、病気の根すらも取り去ってくれるのを感じた。
男は静かにその雨の中に身を委ね、すべての汚れが流されるのを待った。そして最後に、龍
寂静な夜、心を落ち着け、一人の僧が祈りを捧げていた。彼の前には、光を放つ如意珠が輝いている。手に握られた数珠を一つずつ弾きながら、彼は心の中で準胝観音の経を静かに唱えた。その声は風のように静かでありながら、どこか力強さがあった。
「準胚功徳聚。寂静にして心常に誦すれば、一切の諸々の大難も、我を侵すことはない。」彼はそう念じた。幾度となく困難に打ちのめされたことがあったが、この経を唱えることで何度も救われてきたのだ。
天上にも、そして人間の世界でも、彼は仏のように平穏な日々を過ごすことができた。その如意珠は、彼に無限の力と智慧を授け、どんなに大きな困難も乗り越えられると信じさせてくれた。
しかし、彼の誓いはただ自分を救うためだけのものではなかった。「もし私の誓願が、この大悲の心から一人でも救えないならば、私は妄罪の中に堕ち、本覚に帰ることはできない。そうなれば、大悲を捨てるしかないだろう。」
彼はその誓いを胸に、ただ静かに経を唱え続けた。その姿は、まるで一切の煩悩から解き放たれたかのようで、心の奥深くから湧き上がる慈悲の光に包まれていた。
そして、その光は、彼が願う通り、一人でも多くの人々に届き、救いの手を差し伸べていくのだと信じて疑わなかった。
この瞑想法は、水晶を使って深層意識を活用する瞑想法である。
まずは、水晶を準備しよう。
穢れのない天然の水晶が理想である。
その水晶の中に意識を集中する。
洗浄瞑想法
水晶の中を凝視していると、モヤモヤとしたさまざまなものが見えてくる。
さらに心を静めて凝視していると、やがて龍神のお姿が見えてくる。 このお姿がはっきりと見えてくるようにならなくてはいけない。 モヤモヤの中にお顔やお体が見えてくるには三日ほどかかる。 観想も、このお姿をよく観察して瞑想しなくてはならない。
まずは、心身を浄める 「洗浄瞑想法」から入る。
龍神に雨を降らしていただき、その龍雨によって、
心身の不浄不快がすべて洗い流され、病気の根もすべて洗い流される。
目の前に穢れのない水晶を置く。
水晶を見つめていると、やがて変化が起こる。
澄み渡った青空に突然一塊の雲が沸き起こる。
そして、一陣の風も吹きはじめた。
たちまち空一面、黒い雲に覆われてしまう。
さらに風は、激しく吹き荒れる。
その黒い雲の中心に金色の龍王を想い、心を集中させる。
この龍王は、水晶で見ているお姿である。
金色の龍王が、大神通力をもって暴風を起こしているのである。
さらに、大雨が降ってきた。
品龍神洗浄法
滝のように降ってくる大雨を頭から受ける。
それは、あたかも滝行のようである。
この大雨によって、心身の不浄不快が、悉く洗い流されていく。 病気の根もすべて洗い流してくれる。
りん
そう想いを馳せて、般若心経を五回唱える。
つぎに想いを馳せ、
「わが心身爽快なり。わが身の不浄不快悉く消滅す」
と念じる。
最後に、
そして、準真言を五回唱えてよびかける。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ」
「臨兵闘 者
九字を三回切って終わる。
毎朝一回、 十五分ほどかけてこの瞑想をおこなう。
エイッ
この洗浄瞑想法を毎日重ねて実行していると、一日中体が元気で爽快になり、さらに 龍神にご守護いただけるようになる。
水龍神洗浄瞑想法
自分の思うように自分を変え、
自分の望むもの、願うことは、
かならず実現させずにはおかない、
そして、それは現世だけでなく、
来世さえも思うままに
つくり変える
システム
そういう方法があったら、
どんなによいであろうかと
あなたは思わないか?
そういう方法があるならば、
ぜひとも学んで
自分の身につけたいものだと思わないか?
もちろん、思うのにちがいない。
そう思ったら、すぐに、
「輪廻転生瞑想法」をはじめることだ。
「輪廻転生瞑想法」をおこなえば、
だれでも、
もちろん、あなただって、
思うままの人生をつくりだし、
理想の来世を迎えることができるのである。
準胝観音経
じゅんていくどくじゅ
じゃくじょう
こころつね
いつきいもろもろ
だいなんよ
ひと
さだ
準胚功徳聚。寂静にして心常に誦すれば一切諸諸の大難能くの人を侵す
てんじょうちょ にんげんふくう
ほとけ ごとひと
こと無し。天上及び人間福を受くること仏の如く等し。此の如意珠にはば
むとうどう 7
せんだいひ
うちいちにん
にせ
がん じょう
んで無等等を得ん。若しれ誓願大悲の裡一人として二世の顔を成ぜずんば
わこ もうざいか
うち
ほんがくかえ だいひ
我れ妄罪過の裡に堕して本覚に帰らず大悲を捨てん。
準胝尊真言
ノウバサッタナン・サンミャクサンボダクチナン・タニャタ・オン・シャレ
イ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ
イントロ
冷たい夜の闇の中
静寂の中で目を閉じる
深く潜る自分の内側
古の力、今目覚める
サビ
クンダリニー、目覚めよ
力を解き放つその時
スシュムナーの道をたどり
四神の力、手に入れる
冷たい夜の闇の中、彼は静かに座っていた。呼吸は浅く、しかし規則正しく。目を閉じたまま、彼は自らの内側に向けて意識を集中させていた。彼の体の中には、古代から伝わる神秘的な力――チャクラが存在している。それを覚醒させる時が、今、訪れようとしていた。
「まだだ…」彼は心の中で呟く。チャクラを単に目覚めさせるだけでは、彼が目指す神力――四神足法の真髄には至らない。それは、遥かに奥深い領域。彼は、それを知っていた。チャクラの力を統合し、さらに圧縮し、強大なエネルギーとして解き放つ技法が必要なのだ。それが、彼に与えられた最後の試練であり、二つの秘技がその鍵を握っていた。
まず一つ目は、チャクラが生み出すエネルギーを完全に制御し、それを必要とする場所へと自在に送り込む回路を作り上げる技法だ。特に、脳へのエネルギー供給は最も重要だ。脳は神秘の扉を開く鍵となる部分。そこにエネルギーを送り込むことで、通常の限界を超えた力を引き出すことができる。
二つ目は、そのエネルギーの通路を作り上げるために、新たな神経経路を創り出し、既存のものを強化する技法。これは特に、新皮質と視床下部を結びつける重要な経路を補強するもので、これなしではチャクラの真の力は解放されない。クンダリニー・ヨーガにはない特別な技術だったが、似たような技法が一つだけ存在していた。それはスシュムナー管と呼ばれるエネルギーの通り道を活用するものだ。
クンダリニー。彼の内に眠る、強大な力の源泉。脊柱の最下部、尾骨のチャクラに巻きついて眠るその力を目覚めさせることができれば、すべてが変わる。蛇のように三巻き半、沈黙したその力――それこそが彼の望む超常的な力を解き放つ鍵だった。
「クンダリニー…」彼は静かに口にした。その名前の意味は「巻かれているもの」。それは、彼の内部に潜む力であり、スシュムナー管の入口を塞いでいる。そのスシュムナー管は、脊柱の中心を通り、脳へと繋がる神秘的な通路だった。さらにその内部にはヴァジリニー、そしてチトリニと呼ばれる細かい気道があり、それが彼の
チャクラは、チャクラを覚醒、発動させる技術によって活動を開始し、チャクラ特 有の力を発生する。 しかし、それだけでは、四神足法が目的とする神力(超常的能 力)にまでは到底、至ることが出来ない。どうしても、これらのチャクラを統合して、 さらにパワーを加圧加増して、重点的にはたらかせる技法が必要なのである。 それは、二つの技法である。
1、各チャクラが発生したエネルギーを、自由にコントロールし、かつ、自分の 必要とする場所に自在に送達させることの出来る回路を持つ。
特に、脳にたいしての回路が重要である。
2、その回路作製を可能ならしめるための神経経路を補強、さらに、新たにつく 出す。
これは、特に、さきにのべた「新皮質と視床下部をつなぐ神経経路を補強す 大 る」ということにも、必要欠くべからざる技法なのである。 この二つの技法は、クンダリニー・ヨーガにはないものである。 ただし、全くないのではなく、これに類似した技法が一つある。
それは、スシュムナー管と、ピンガライダーという気道を使う法である。
ある。
クンダリニー・ヨーガというのは、だれもが体内に持つクンダリニーと名づける強 大な生命の根源力を目ざめさせて、これにより、超常的体力を獲得し、特殊な精神領 域に到達しようとするヨーガである。
クンダリニーは、脊柱の一番下部、尾骨のチャクラ (ムーラーダーラ)の部分に、 蛇が三巻き半、 とぐろを巻いたような形で眠っている。 クンダリニーというのは、 「巻かれているもの」という意味である。
クンダリニーは、そこにあるスヴァヤンブーという男根のまわりに巻きついていて、 その頭部で、スシュムナー管の入口を閉ざしている。
スシュムナー管は、脊柱の中空部にある生気の通る路で、骨骨から脳の下部の延 にまで届いている。 また、スシュムナー管の内側には、ヴァジリニーとよばれる気 道があり、さらにその内側には、クモの糸のように細かいチトリニとよばれる気道が
特殊な瞑想・思念・ムドラー・マントラ詠唱などの動作によってチャクラが発動し、
クンダリニーが目ざめると、クンダリニーは噴火した火のような激しい勢いで、スシ ムナー管を上昇してゆく。 クンダリニーを Serpent fire (サーペント・ファイア、 蛇の火) と呼ぶのも、そこからきているのである。