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三福道の教え

三福道の教え

静かな月明かりが堂内を照らし、世尊は深い慈愛に満ちたまなざしで阿難を見つめていた。阿難は師の言葉を待ちながら、瞑想の中に心を落ち着けていた。世尊が口を開き、柔らかな声で語り始める。

「阿難よ、世には三善根、すなわち三福道というものがある。それは、無限の功徳を生み出し、涅槃の境地に至る道である。聞きなさい、この三福道とは何であるのかを。」

阿難は姿勢を正し、深い敬意を込めて耳を傾けた。

「第一に、如来のもとで功徳を種えること。これによって無限の善根が生まれるのだ。
第二に、正法の中に功徳を種えること。これもまた限りない福徳をもたらす。
第三に、聖衆、すなわち清らかな僧たちに功徳を施すこと。この善根も計り知れぬ力を持つ。阿難よ、この三善根を修める者は、涅槃の境地にたどり着くことができるのだ。」

世尊の言葉は、一つひとつが阿難の心に染み入るようだった。その穏やかな声の中には、果てなき慈悲と導きの力が感じられる。

「したがって、阿難よ、三福道を修行し、この無限の福を手に入れなさい。そして、この教えを深く学び、実践するのです。」

阿難は深く頷き、感謝の念で胸が満たされた。彼の目には光が宿り、心には新たな決意が燃え始めた。

「世尊よ、この貴い教えに心から感謝いたします。私はこの三福道を修め、涅槃の境地を目指すことを誓います。」

それからというもの、阿難は日々修行に励み、如来への敬愛と正法への献身、聖衆への施しを通じて善根を積んでいった。その姿は、他の弟子たちにも大きな影響を与え、三福道の教えは次第に多くの人々に広がっていったという。

静寂の中、阿難の修行を見守る月光が彼の決意を優しく包み込んでいた。

 

準胝觀音

準胝觀音

準紙功德聚。寂静にして心常に誦
十れば一切諸諸の大難能く是の人
を侵すこと無し。
天上及び人間福を受くること佛の如く等し。此の如意珠に遇はば定んて無等等を得 ん。若し我れ誓願大悲の裡一人とて二世の願を成ぜずんば我れ虚 妄罪過の裡に堕して本覺に歸らず 大悲を捨てん。

 

准胝観音の物語

遥か昔、世界のあらゆる存在が調和を求めていた時代。山奥の秘境にて、母なる慈悲と戦いの力を宿した女神が降り立った。名を准胝観音(じゅんていかんのん)という。彼女はヒンドゥーの女神ドゥルガーとして知られ、無数の魔族と戦い、多くの生命を救った。その美しさは神々をも魅了し、持つ武器は闇を一掃するほどの力を秘めていた。

しかし、彼女の物語はそこで終わらない。仏教の地にその姿が伝わると、准胝観音は慈愛に満ちた母性の象徴として人々に崇められるようになる。「仏の母」として、無数の仏を生み出し、清浄なる心と安らぎをもたらす存在へと変容したのだ。七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)とも呼ばれ、修行者や人々を守護する役割を担うこととなった。

山中の修験者の祈り

時は移り、山深い霊地に一人の修験僧が住んでいた。その名は理源大師(りげんだいし)聖宝。彼はある夜、夢で准胝観音の啓示を受ける。霊木を削り、その姿を彫り上げれば、天の加護が授けられるというのだ。聖宝は日夜木を削り、心を込めて准胝観音像を作り上げた。

ある日、醍醐天皇の后が皇子を授かるための祈願を行うことになった。聖宝は准胝観音に祈りを捧げた。「母なる観音よ、この願いを叶えたまえ。」その祈りは天に届き、やがて朱雀天皇、そして村上天皇が生まれることとなる。准胝観音の力は、子授けと安産の功徳として広く知られるようになった。

十八本の手と三つの目

准胝観音の像容は、見る者を畏怖させる。十八本の手はそれぞれ武器、数珠、蓮華を持ち、慈悲と力を表している。その中央の手は説法印と施無畏印を示し、恐れや迷いを取り除く。その三つの目は過去、現在、未来を見通す力を持ち、すべての存在を導く。

静かに佇む准胝観音の姿は、祈る者の心を癒し、希望を灯す。彼女は戦いの神でありながら、母としての愛と慈悲を抱き、人々を救う。山中の風が吹き渡る中、その神秘的な姿は今もなお語り継がれている。

 

 

 

 

龍神が跳ぶ

祖霊が守護霊となるってくる。 行者の高まりは、同時に、鑑の境界の高まりである。不成仏霊もしだいに成仏し、霊障をみて、導師に、徳のある祖置をみつけていただいて、この祖霊に、特に守護 霊となる「増益供養」をするのである。

この供養により、祖霊は、守護置となり、修行者と修行者の家族を守る守護霊となるのであ る。守護霊を持つと、以後の修行者の行は、急速に進歩する。そうして、さきの章でのべた龍 尊の「守護神」を持つ段階へとはいってゆくのである。

 

阿含経

 

佛說阿含經(精要)

如是

我聞。一時佛住拘留國雜色牧牛聚落。爾時佛告諸比丘。

我以知見故。得諸漏盡。

云何以知見故。

得諸漏盡。謂此色此色集此色滅。

此受想不修方便隨順成就。行識。

此識集此識滅。若而
用心求令我諸漏盡心得解脫。

當知彼比丘終不能得漏盡解脫。

所以者何。

不修習故。

不修習何等。謂 如是比丘。

不修習念處正勤如意足根力覺道。

善修方便。正復不欲漏盡解脫。盡。心得解脫。所以者何。以勤修習故。

何所修譬如大舶在習。謂修念處正勤如意足根力覺道。

於海邊。經夏六月風飄日暴。藤綴漸斷。如是比丘。精勤修習。

隨順成就。

一切結縛使煩 何所修習。
漸得解脫。所以者何。善修習故。

說是法時六十比修習念處正勤如意足根力覺道。

丘。不起諸漏。心得解脫。佛說此經已。

 

諸比丘

開佛所說。歡喜奉行。

(雜阿含経)

The Buddha’s Religion How is it? I hear you. For a time, he was detained in a country where he lived in a deserted cattle ranch. At that time, the Bhikkhus accused the Buddha. From my own knowledge. What a loss. I don’t know why. What a loss. So-called this color, this color collection, this color extinction. This way of thinking and not practicing is accomplished. Good manners. This collection of knowledge, this ignorance. young age Be careful and understand all omissions. He knows that the bhikkhu is completely free of all obstacles. What is the reason? Due to lack of training. What a lack of training. The so-called Nyoze Bhikkhu. A reminder of non-training, correct attendance, and the power of the feet. Good fix. Correct recovery, desirelessness, omission. Full. Explanation of knowledge. What is the reason? Due to working training. Where is Shubannyo Daisen in training? The so-called practice of spiritual practice is the practice of self-reflection. At the seaside. Summer June wind breeze day raid. Fuji Tsuzuri Kenkai. Nyoze Bhikkhu. Diligent training. Successful completion. All bondage and training. Gradual release. What is the reason? Because of good practice. This is the Dharma time, 60 ratio training, remembrance, correct attendance, and the power of the feet. hill. Mistakes and omissions. Explanation of knowledge. This is what the Buddha says.

Bhikkhu The opening of the Buddha. A happy magistrate. (Shin Agon Sutra)

 

 

 

 

 

 

(

阿含経

ぶっせつあごんぎょう

佛說阿含經(精要) せいよ

如是

我聞。一時佛住拘留國雜色牧牛聚落。

爾時 じ し

とくしょろじん

佛告諸比丘。

我以知見故。

得諸漏盡。

云何以知 ち い が

見故。

得諸漏盡。謂此色此色集此色滅。

此受想

にゃくふしゅうほうべんずいじゅんじょうじゅ 不修方便隨順成就。

行識。

此識集此識滅。若

ようじんくりょうがしょろじんしん 用心求令我諸漏盡

とくげだつ。

しじゅそう

とうちひびく

しゅうふのう

心得解脫。

當知彼比丘終

不能

しょいしゃか

ふしゅうじゅうこ

ふしゅうじゅうかとう

得漏盡解脫。

所以者何。

不修習故。

不修習何等。

いふしゅうじゅうねんじょせいきんによいそくこんりきかくどう 謂

じょしびく 如是比丘。

不修習念處正勤如意足根力覺道。

善修方便。正復不欲漏盡解脫。

いんしゅうじゅう

盡。心得解脫。所以者何。以勤修習故。

何所修 かしょしゅう

ひじょたいはくさい 譬如大舶在

習。謂修念處正勤如意足根力覺道。

於海邊。經夏六月風飄日暴。藤綴漸斷。

如是比

丘。精勤修習。

隨順成就。

一切結縛使煩惱繩。

ぜんしゅうじゅうこ

かしよしゅうじゅう 何所修習。謂

じょしび

漸得解脫。所以者何。善修習故。

せつぜぼうしりくしゅうび 說是法時六十比

修習念處正勤如意足根力覺道。

しょろ 丘。不起諸漏。心得解脫。佛說此經已。

ぶっせつしけい しんとくだつ

しょび

諸比丘

開佛所說。歡喜奉行。

(雜阿含経)

(46)

阿含経

 

善修方便。正復不欲漏盡解脫。而彼比丘自然漏

心得解脫。所以者何。以勤修習故。何所修 習。

謂修念處正勤如意足根力覺道。譬如大舶在 於海邊。經夏六月風飄日暴。藤綴漸斷。如是比丘。

精勤修習。隨順成就。一切結縛使煩惱纒。

漸得解脫。所以者何。善修習故。何所修習。謂

修習念處正勤如意足根力覺道。說是法時六十

丘。不起諸漏。心得解脫。佛說此經已。諸

聞佛所說。歡喜

如是我聞。一時佛住拘留國雜色牡석특濟

がいち 佛告諸比丘。我以知見故。得諸漏盡。云何以知 見故。得諸漏盡。謂此色此色集此色滅。此受想 行識。此識集此識滅。若不修方便隨順成就。

得漏盡解脫。所以者何。不修習故。不修習何等。

謂不修習念處正勤如意足根力覺道。如是比丘。

 

(雜阿含経)

三供養品 1 Three offerings

くらいの能力があろうとも、運が悪かったら絶対にだめなのです。

また、人間というものは、だれもが社長になり、だれもが大将になれるわけではありません。

したがって黒田官兵衛のように、運のよい大将を選んで、あるいは現代ならば運のよい社長を選

び、そこに身を寄せて、自分の能力・才能・運をできるだけ伸ばすようにすべきだ、とわたくし は思うのです。もちろん、ただ運が強いだけではしかたがありません。強い運を基礎にして、必 死の努力を重ねていく。そうすると、必ず大きな成果を得られるわけです。

けれども運が悪かったのでは、死にものぐるいの努力をしても、努力が実ることは少ないわけ です。むしろ努力すればするほど裏目に出て、逆に窮地に立たされることもままあります。企業

でも、 また宗教団体であっても、人は運の強いところに身を寄せて、自分の能力・才能・運を大

いに伸ばす努力をすべきである、とわたくしはかねてからそのように思っています。

しかし、さきにお話ししたとおり、わたくしは最初から運がよかったのではありません。若い ころのわたくしは非常に不運でした。それが今のように運がよくなったのは、いったいどうして でしょうか?

その秘密が『三供養品』に説かれています。仏教の原点ともいえるこのお経をさっそく読んで みましょう。

涅槃とは完全解脱の境地

一時仏在舍衛国祇樹給孤独園。 時世尊告 阿難。 有三善根。 不窮尽。漸至涅槃界。 云何為三。此善根不可窮尽。於聖衆而種功德。此善根不可。窮尽。是曰く阿難。此三善根不可窮尽得到涅槃界。是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。

学。爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行

●現代語訳

增一阿含経・三供品

聞くこと髪の気し。味、舍衛国祇樹給孤独園に在 しき。爾の時世、阿難に告げたまわく、「三善根(三 福道)有り、窮尽す可からずして、着ぐ涅磐界に至る。 云何が三と為すや。所謂如来の所に於て功徳を種う。此 の善根窮尽す可からず。正法に於て功徳を種う。此の 善根窮尽す可からず。聖鬼に於て功徳を種う。此の善 根窮尽す可からず。是れを阿難、此の三善根は窮尽す可 からず、涅槃界に至ることを得と謂うなり。是の故に阿 難、当に方便を求めて、此の窮尽す可からずの撮を獲べ し。是の如く阿難、当に是の学を作すべし」と。雨の時 阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉行しね。

このように聞きました。仏さまがコーサラ国の祇園精舎にご滞在の時のことです。ある日、世三供養品

 

●解説

ます。 冒頭でも触れたように、阿含宗では三善根を三福道と呼んでいます。このことについて説明し

経文中に、

尊は、阿難にこのようにお告げになられました。

「三善根(三福道)というものがありますが、その功徳は無限であり、涅槃界に至ることができ るものです。なにをもって三つの善根(福)とするのでしょうか。(第一に)いわゆる如来の所に おいて功徳を種える、この善根(福)の功徳は無限です。(第二に)正法において功徳を種える、 この善根(福)の功徳は無限です。(第三に)聖衆において功徳を種える、この善根(福)の功徳 は無限です。阿難よ、この三善根(三福道)の功徳は無限であり、涅槃界に入ることができるの です。したがって阿難よ、三善根(三福道)を修行して、この無限の福を得なさい。このように 阿難よ、この三善根 (三福道)を学びなさい」

この教えを受けて、阿難は心より喜び、修行に励みました。

『仏教語大辞典』(中村元著、東京書籍)で「三善根」を引くと、

【三善根】さんぜんごん 無貪善根・無瞋善根・無癡善根の三根。一切の善法がこの三つか ら生まれるからである。それらは具体的には施・慈・想となって現われる。三毒の対。

と書かれています。しかし、この『三供養品』に説かれる三善根は、その内容がまったく異な ります。それなのに、これを三善根という名称のままで弟子たちに教えるのは、非常な誤解を生 むもとだとわたくしは考えました。

それでは、この修行法は、どのように呼ぶべきなのでしょうか?

「 此の窮尽す可から ざるの福を獲べし」

とあるように、この修行法は無尽蔵の福を得る三つの道です。したがって、わたくしはこれを 「三福道」と命名しました。この名称ならば無貪善根・無職善根・無癡善根の三善根と混同する

ことはありません。

そこで、阿含宗では、三 善根を「三福道」と変えて読誦しているのです。

さて、右の経文を一読すれば、涅槃界に至るためには三善根(三福道)が必要なのだ、という

ことをお釈迦さまが説かれているのが分かると思います。

涅槃界とはなんでしょうか?

增一阿含経・三供養品

普通は涅槃の境地・境界の意味で使われます(ただし本経では違う意味を持っておりますが、それ

については後述します)。『五戒品』でも触れたように(本書三七頁参照)、涅槃とはサンスクリット 語でニルヴァーナといいますが、生死を超越した境界、完全解脱の境地です。完全解脱とは業と 因縁から完全に解放された状態です。

わたくしたちは葉と因縁の塊です。業と因縁によって輸廻転生を続けています。輪廻転生とは 生死の流転がやまず、無限に生死の流転を繰り返すことです。まるで車の輪が廻るように絶え

●解説

ます。 冒頭でも触れたように、阿含宗では三善根を三福道と呼んでいます。このことについて説明し

経文中に、

尊は、阿難にこのようにお告げになられました。

「三善根(三福道)というものがありますが、その功徳は無限であり、涅槃界に至ることができ るものです。なにをもって三つの善根(福)とするのでしょうか。(第一に)いわゆる如来の所に おいて功徳を種える、この善根(福)の功徳は無限です。(第二に)正法において功徳を種える、 この善根(福)の功徳は無限です。(第三に)聖衆において功徳を種える、この善根(福)の功徳 は無限です。阿難よ、この三善根(三福道)の功徳は無限であり、涅槃界に入ることができるの です。したがって阿難よ、三善根(三福道)を修行して、この無限の福を得なさい。このように 阿難よ、この三善根 (三福道)を学びなさい」

この教えを受けて、阿難は心より喜び、修行に励みました。

『仏教語大辞典』(中村元著、東京書籍)で「三善根」を引くと、

【三善根】さんぜんごん 無貪善根・無瞋善根・無癡善根の三根。一切の善法がこの三つか ら生まれるからである。それらは具体的には施・慈・想となって現われる。三毒の対。

と書かれています。しかし、この『三供養品』に説かれる三善根は、その内容がまったく異な ります。それなのに、これを三善根という名称のままで弟子たちに教えるのは、非常な誤解を生 むもとだとわたくしは考えました。

それでは、この修行法は、どのように呼ぶべきなのでしょうか?

「 此の窮尽す可から ざるの福を獲べし」

とあるように、この修行法は無尽蔵の福を得る三つの道です。したがって、わたくしはこれを 「三福道」と命名しました。この名称ならば無貪善根・無職善根・無癡善根の三善根と混同する

ことはありません。

そこで、阿含宗では、三 善根を「三福道

運が悪かったら絶対にだめなのです。

くらいの能力があろうとも、運が悪かったら絶対にだめなのです。

 

また、人間というものは、だれもが社長になり、だれもが大将になれるわけではありません。

 

したがって黒田官兵衛のように、運のよい大将を選んで、あるいは現代ならば運のよい社長を選

 

び、そこに身を寄せて、自分の能力・才能・運をできるだけ伸ばすようにすべきだ、とわたくし は思うのです。もちろん、ただ運が強いだけではしかたがありません。強い運を基礎にして、必 死の努力を重ねていく。そうすると、必ず大きな成果を得られるわけです。

 

けれども運が悪かったのでは、死にものぐるいの努力をしても、努力が実ることは少ないわけ です。むしろ努力すればするほど裏目に出て、逆に窮地に立たされることもままあります。企業

 

でも、 また宗教団体であっても、人は運の強いところに身を寄せて、自分の能力・才能・運を大

 

いに伸ばす努力をすべきである、とわたくしはかねてからそのように思っています。

 

しかし、さきにお話ししたとおり、わたくしは最初から運がよかったのではありません。若い ころのわたくしは非常に不運でした。それが今のように運がよくなったのは、いったいどうして でしょうか?

 

その秘密が『三供養品』に説かれています。仏教の原点ともいえるこのお経をさっそく読んで みましょう。

 

涅槃とは完全解脱の境地

 

一時仏在舍衛国祇樹給孤独園。 時世尊告 阿難。 有三善根。 不窮尽。漸至涅槃界。 云何為三。此善根不可窮尽。於聖衆而種功德。此善根不可。窮尽。是曰く阿難。此三善根不可窮尽得到涅槃界。是故阿難。当求方便獲此不可窮尽之福。如是阿難。

 

学。爾時阿難聞仏所説。歓喜奉行

 

  • 現代語訳

 

增一阿含経・三供品

 

聞くこと髪の気し。味、舍衛国祇樹給孤独園に在 しき。爾の時世、阿難に告げたまわく、「三善根(三 福道)有り、窮尽す可からずして、着ぐ涅磐界に至る。 云何が三と為すや。所謂如来の所に於て功徳を種う。此 の善根窮尽す可からず。正法に於て功徳を種う。此の 善根窮尽す可からず。聖鬼に於て功徳を種う。此の善 根窮尽す可からず。是れを阿難、此の三善根は窮尽す可 からず、涅槃界に至ることを得と謂うなり。是の故に阿 難、当に方便を求めて、此の窮尽す可からずの撮を獲べ し。是の如く阿難、当に是の学を作すべし」と。雨の時 阿難、仏の所説を聞きて歓喜奉行しね。

 

このように聞きました。仏さまがコーサラ国の祇園精舎にご滞在の時のことです。ある日、世

光明真言

 

真言は、難陀兄弟のものは、

「オン・ナンダ・バナンダ・エイ・ソワカ」

 

オン  シンタマニ ダト  オン  サワカ

 

オンアビラウンケン

釈迦如来

ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク

 

 

光明真言

 

23の梵字から成り、最後の休止符「ダ」を加えて、合計24の梵字を連ねる。

梵字

デーヴァナーガリーによる表記: ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं
発音と意味
oṃ amogha vairocana
オーン 不空なる御方よ 毘盧遮那仏(大日如来)よ
オン アボキャ ベイロシャノウ
唵 阿謨伽 尾盧左曩
mahāmudrā[1][2][3] maṇi padma
偉大なる印を有する御方よ 宝珠よ 蓮華よ
マカボダラ マニ ハンドマ
摩訶母捺囉 麼抳 鉢納麼
jvāla
熾光よ
ジンバラ
入嚩攞
pravarttaya hūṃ
転変せよ)
ハラバリタヤ
鉢囉韈哆野
hūṃ
フーン(種子/聖なる音)
ウン

 

釈迦如来

ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク




准胝観音

「ナモサッタナン・サンミャクサンモダクチナン・タニヤタ・オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ

 

降三世明王

  • オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウン ハッタ

 

  1. 難陀(ナンダ、なんだ – आनंद Ānanda)
    訳:歓喜。難陀と跋難陀は兄弟竜王で娑伽羅(サーガラ:大海)竜王と戦ったことがあった。『不空羂索神変真言経』(T1092)第十六章「広博摩尼香王品」にて。
  2. 跋難陀(ウパナンダ、ばつなんだ – उपनन्द Upananda)
    訳:亜歓喜。難陀の弟。難陀竜王と共にマガダ国を保護

唐の金沙灘の地は、まだ仏教の教えが届かぬ荒野だった。その地に、ある日、ひとりの美しい乙女が現れた。彼女は竹籠に魚を入れ、村から村へと魚を商い歩く。人々はその端麗な容姿と澄んだ眼差しに魅了され、次々と「嫁に来てほしい」と求婚する者が現れた。

だが、乙女は静かに首を横に振り、条件を告げた。
「私は幼い頃より仏の教えを信じ、尊んでおります。もしも仏さまの教えを信じる方のお家であれば考えましょう」

その言葉に、村人たちは「それくらいなら」と胸を張ったが、乙女の条件は次第に厳しくなった。
「では、毎日『普門品』を読んでくださる方」
これには少し尻込みする者もいたが、なお数名の若者が名乗りを上げた。だが、最終的に彼女が口にした条件に、ほとんどの者が諦めざるを得なかった。
「三日間で『法華経』一部八巻を読誦できるようになった方の許へ嫁ぎます」

ただひとり、その挑戦に立ち向かったのは「馬郎」と呼ばれる若者だった。彼は寝る間も惜しんで経を読み、三日目には見事にそれを成し遂げた。

人々の祝福の中、乙女との婚礼の日がやってきた。しかし、その朝、突然の悲劇が村を襲った。乙女は目を覚ますことなく、そのまま冷たくなっていた。馬郎をはじめ村人たちは深く嘆き、涙ながらに乙女を塚に葬った。

それから数日後、一人の老僧が村を訪れた。彼は村人たちの話を静かに聞き終えると、厳かに言った。
「その乙女こそは観音さまが仏法を広めるため、この地に仮の姿で現れたお方だ。埋めた棺を開けてみるがよい」

村人たちは半信半疑ながらも、老僧の言葉に従い、塚を掘り返した。そして棺の蓋を開けたその瞬間、目を見張る光景が広がった。棺の中には乙女の白骨が金色に輝き、ひとつに連なっていたのだ。

村人たちはその姿に平伏し、涙を流しながら観音さまへの感謝と畏敬の念を捧げた。それ以来、金沙灘の地には仏法が広まり、人々は観音さまの教えを深く信じるようになったという。

そしてその後、乙女の姿を象った小さな木像が作られた。その像は「魚籃観世音菩薩」と呼ばれ、千年以上にわたって人々の心の支えとなり続けている。