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密教  三鈷

密教(みっきょう)は、仏教の一派であり、主に中国・日本・チベットなどで発展しました。密教は、仏教の教えを秘密の形式で伝えるために「密」と呼ばれる言葉が使われています。密教は、仏教の教えや修行方法を体系化し、儀式や呪文、マントラ、仏像などの具体的な手法を用いて、修行者が直接仏性を体験することを目指します。

密教は、仏教の基本的な教えである四諦(苦諦・集諦・滅諦・道諦)や八正道(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)に基づいていますが、それに加えて独自の教えや実践方法があります。密教では、仏や菩薩、天部、明王などの様々な存在に対して信仰や崇拝を行い、彼らの力を借りて悟りの境地に到達しようとします。

三鈷(さんこ)は、密教において重要な象徴的な道具です。三鈷は、仏教の三宝である仏(ぶつ)、法(ほう)、僧(そう)を表します。仏は教えを示す智慧の象徴であり、法は教えそのものを表し、僧は教えを実践する修行者を指します。三鈷は、それぞれの象徴的な意味を持ちながら、密教の儀式や修行において用いられます。

準胝観音をご本尊とする観音信仰 , Kannon worship with Juntei Kannon as its principal image

その当時のわたくしの信仰というと、準胝観音をご本尊とする観音信仰であった。 なぜ、この信仰をもつにいたったかといえば、仕事に大失敗した時、わたくしは、自殺 を決意したことがあった。

準胝観音(じゅんざいかんのん)は、日本の仏教における観音信仰の中でも特に重要な存在です。準胝観音は、千手観音(せんじゅかんのん)とも呼ばれ、千本の腕を持ち、多くの眼を持つ観音像を指します。

準胝観音は、仏教の経典である『大日経』に記されている観音菩薩の姿とされています。この観音菩薩は、救済のために様々な姿や形態を取るとされ、その中でも千手観音は最も有名です。千手観音は、多くの手を持ち、それぞれの手で様々な行いをして救済の業をなし、また多くの眼を持ち、全ての方角を見渡して救済の対象を見つけるとされています。

観音信仰は、救済の対象となるすべての生命を慈悲深く見守り、救う存在として観音菩薩を崇拝する信仰です。観音信仰は、日本の仏教の中でも特に広く信じられており、多くの寺院や仏堂に観音像が安置されています。

準胝観音をご本尊とする観音信仰は、千手観音を中心に信仰する宗派や教団が存在します。これらの宗派や教団では、準胝観音を中心に祈りや念仏を捧げ、慈悲の心や救済の思いを深めることを重視しています。

観音信仰は、個々人の信仰心や宗派によって異なる解釈や信じ方が存在するため、詳細な情報を知りたい場合には、具体的な宗派や教団の教義や信仰体系を調べることをおすすめします。

 

Junzai Kannon is a particularly important figure among the Kannon beliefs in Japanese Buddhism. Juntei Kannon, also known as Senju Kannon, is a Kannon statue with a thousand arms and many eyes.

Juntei Kannon is the figure of Kannon Bodhisattva described in the Buddhist scripture “Dainichi Sutra”. This Kannon Bodhisattva is said to take various forms and forms for salvation, of which the Senju Kannon is the most famous. Thousand-armed Kannon has many hands, each of which performs a variety of deeds for relief work, and it is said that it has many eyes and looks in all directions to find the object of salvation.

Kannon faith is a faith that mercifully watches over all living beings who are the object of salvation and worships Kannon Bodhisattva as a saving existence. Kannon worship is one of the most widely believed beliefs in Japanese Buddhism, and many temples and Buddhist halls enshrine Kannon statues.

There are sects and sects that believe mainly in Senju Kannon. These denominations and sects emphasize the deepening of compassionate hearts and thoughts of salvation through prayers and nembutsu, centered on Juntei Kannon.

There are different interpretations and beliefs about Kannon beliefs depending on the religious beliefs and denominations of each individual, so if you want to know more detailed information, we recommend that you investigate the doctrines and belief systems of specific denominations and sects.

 

道楽したり、怠けたりしたわけではないのに、トラブルが重なり、大きな負債を背負っ てしまった。債権者に連日責められる羽目となった。

そこで、二、三日、自分の行く末をじっくり考えてみたいと思い、父が戦争中に据えて いた田圃の中の工場跡へバッグ一つ提げて出かけていった。

二、三日考えているうちに、もう生きているのが面倒になり、いっそ死んでしまえ、と いう心境に陥ってしまった。いわば、死神がついたということであろう。

死神がつくということがどういうことなのか、この時わたくしははじめてわかったような気がした。 だんだん視野が狭くなってきて、目の前が暗くなる。 そのうちに、目の前十 センチくらいしか見えなくなってしまって、死ぬこと以外は何も考えなくなってしまう。 どうやって問題を解決するか、などというようなことには、もう頭が回らないというか、 考える気力もなくなって、死ぬしかないという気分に陥り、あとは、どうやって死のうか と、そればかりを考えるようになる。 そうなると、もう死ぬ方法も鉄道自殺など面倒にな り、とにかく手近にあるもので、パッと死にたくなる。

そんな状態になっているうちに、明け方になり、いよいよ首を吊ろうという気になった。 そして、寝ころがったまま、あのあたりに縄をかけて、などと考えながら天井を見上げ ていたところ、棚が目につき、その棚から何か小さなものがちょいとはみ出しているのが 見えた。ふと好奇心がわいて、 「あれ、何んだろうな」と思って、ひょいと立ってみた。 これが転機となって、死神がはなれたのであろう。このことがなかったら、わたくしは確 実に首を吊っていたと思う。それまでは、思考が完全に停止し、死んだ後、誰が困るかと か、そういった死ぬこと以外の、ほかのことは何んにも考えなくなっていた。

とにかく、立ち上がってそこに見たのは真新しい小さな経巻であった。幅二、三センチ、 長さ五、六センチ、厚み一センチ弱の小さなものであった。

この工場を引き払って、もう三年にもなるのに、どうしてこの棚に経巻が置き去りにな っていたのかと、 いぶかしく思いながら、ふと父から以前聞いたある話を思い出した。 父の取引先に中村語郎さんという方がおられた。父は陸軍から引き取った払下げ品の一部を製紙原料として、この中村さんの会社に納めていた。

中村さんは製紙原料問屋としては当時日本一といわれた人であったが、道楽もだいぶし たらしく、若い頃から苦労がたえず、一時は「おけらの語郎」とさえいわれた人であった。 そのどん底の時に、前途に希望を失った中村さんは「いっそ死んでしまおう」と、冬の木 枯しが吹き荒ぶ時季に、洗い晒しの浴衣一枚を着て、近くの川へ出かけた。橋の上から身 投げしようとしたところ、いまや飛び込もうとした寸前に、通りかかった人に、「お待ち なさい」と呼びとめられ、

「あなたは死ぬつもりでしょう」

といわれた。

「いや、死ぬつもりじゃない」

「ウソをいいなさい」

「いやあ、実はお察しの通りです。しかし、お情けだから黙ってこのまま死なせて下さい」 といった押し問答の末、

とにかく、わたくしのところへまずいらっしゃい。それから死んでも遅くないでしょう」 と、その場はひとまずその人の勧めにしたがい、立派な家に連れてゆかれた。ご飯を食 べさせてもらいながら、事情を話したところ、その人は、

「実はわたくしもその昔、自殺しようと思ったことがあった。 その時、やはりある人に

呼び止められて、「あなたは神仏に対する正しい理解がないから、そういうことになるのです」と諭され、少しのお金とともにお経をくれた。それで自分も死ぬのを止め、信仰を もって一生懸命に働いた結果、こうしていっぱしの商売人になった」 と、自分の過去を、中村さんに話して聞かせた。

それ以来、その人は、自分を救ってくれた人への恩返しのつもりで、その時手渡された ものと同じ経巻をたくさんつくって、多くの人に布施しているということであった。

この話を聞かされた中村さんは、大いに勇気づけられ、その経巻と、とりあえず飢えを しのげる程度のお金をいただいて、その人の家を去った。 その後、一生懸命に働いて、つ いには、日本一といわれる製紙原料問屋を築いたというのである。

そして、その中村さんもまた、助けてくれた人と同じ道を歩みたいと、一生に何十万巻 かの観音経を布施することを念願された。

ある時、中村さんは父に向かって、

「あなたは何百人もの人を使って陸軍の大きな機械相手の仕事をされているが、非常に危 険な仕事でしょうから、一つこれをお守り代わりにみなさんに差し上げてください」

ということで、この観音経を父に一千巻布施してくださったとのことである。先に述べ た通り、父は、自分の入れた臨時人夫を指揮して二十四時間作業の機械相手の仕事をして いたのである。

父は特に信仰というものはなかったが、尊敬している人格者の中村さんのお話であった から、素直にありがたくいただき、全員に配った。それが少し余っていたと思われる。 不

思議なことに、その一巻が偶然棚にころがっていたわけである。どう考えてもそんなとこ ろにあるわけはないのだが、事実あったのである。いまでも不思議に思っている。

このお経には考えてみると、一つの系譜というものがある。 この巻の布によって、 中村さん、中村さんを助けた人、そしてまたその人を救った人等々、みな自殺を思いとど まらせている。いままた、自殺寸前のわたくしがこれを手にした。 これは本当にただ事で はない。これは自分を救おうという何か大きな目に見えない意志が働いているのではない この意志に従うべきではないか、その時そう思った。

その刹那、パーッと考えが変わった。ちょうど太陽が昇る瞬間に、間に光が射すかのよ うに、あるいは夜が朝に変わるかのように、心が生き生きと晴れやかになっていった。 「死ぬのをやめよう」 「生きよう」と、わたくしは自分自身に誓った。そして、この観音経 によって、わたくしが本当に救われたならば、中村語郎さんと同様に、わたくしもこのお 布施しようと決心した。

ちょうどその時、山の向こうに朝日が昇ろうとしていた。わたくしは、その太陽に向か って合掌した。そして、声を出して誓ったのである。「どうか私に再起の力をあたえて下 さい。もしも、このお経の中に書いてある通り、私が救われたならば、私は生涯にこのお 経を百万巻布施いたします」と。

その後、三年間、わたくしは死にもの狂いで働き、当時の借金は全部返済してしまった のである。

 

At that time, my faith was the Kannon faith with Juntei Kannon as the principal image. The reason why I came to have this faith is that when I made a big mistake at work, I decided to commit suicide.

It wasn’t that I was having fun or being lazy, but the troubles piled up and I was burdened with a huge debt. I was forced to be blamed by my creditors day after day.

So, for a few days, I wanted to think about my future, so I went out with a bag to the factory that his father had set up during the war.

After thinking about it for a few days, he came to the point that he was tired of living and that he should rather die. In other words, it means that the god of death has arrived.

At this time, I felt like I understood for the first time what it means to have a Shinigami. My field of vision is getting narrower and darker in front of my eyes. Before long, I could only see about ten centimeters in front of me, and I stopped thinking about anything but dying. He lost his mind, or even had the energy to think about how to solve the problem, and felt like he was going to die. come to think. When that happens, suicide by railroad becomes troublesome, and it’s something that’s right at your fingertips that makes you want to die instantly.

While I was in such a state, it was dawn, and I finally felt like hanging myself. And while he was lying on his back, he was looking up at the ceiling, thinking about how to put a rope around that area, when he saw a shelf and saw something small sticking out of the shelf. Suddenly, my curiosity was aroused, and I thought, “What is that?” This may have been the turning point for Shinigami to leave. If it hadn’t been for this, I’m sure I would have hung myself. Until then, his thoughts had completely stopped, and he had thought of nothing else but death, such as who would be in trouble after he died.

Anyway, I stood up and saw a brand new small sutra scroll. It was small, two or three centimeters wide, five or six centimeters long, and less than one centimeter thick.

It’s been three years since the factory was vacated, and I wondered why the sutra scrolls had been left behind on this shelf. One of his father’s business partners was Mr. Shiro Nakamura. His father used some of the surplus goods he received from the army as raw materials for papermaking and supplied them to Mr. Nakamura’s company.

Mr. Nakamura was said to be the best wholesaler of paper raw materials in Japan at the time, but he also had a great deal of indulgence. rice field. At that time, Mr. Nakamura, who had lost hope for the future, decided, “I’d rather die,” and went out to a nearby river wearing only a washed yukata in the season when the cold winter was blowing. He was about to throw himself off the bridge, but just before he was about to jump, a passer-by stopped him and said, “Wait!”

“You are going to die”

It was said.

“No, I’m not going to die”

“Tell a lie”

“Well, actually, as you can imagine. However, I’m sorry, so please shut up and let me die like this.”

Anyway, come to me first. After that, it won’t be too late even if you die.” For the time being, he followed the man’s advice and was taken to a splendid house. I talked to him about the situation while he let me eat, and he said,

“Actually, a long time ago, I also thought about committing suicide.

He was stopped and told, “This is because you don’t have a correct understanding of Shinto and Buddhism.” He gave me a little money and a sutra. That’s how he stopped dying, and as a result of his faith and hard work, he became a successful merchant,” he told Mr. Nakamura about his past.

Since then, this man, intending to repay the person who saved him, had made many copies of the sutras that had been handed to him at that time, and distributed them to many people.

Upon hearing this story, Mr. Nakamura was greatly encouraged, and left the man’s house after receiving the sutra scroll and enough money to endure his hunger for the time being. After that, he worked hard and eventually established Japan’s No. 1 paper raw material wholesaler.

And Mr. Nakamura also wanted to walk the same path as the person who helped him, and he wished to disseminate hundreds of thousands of scrolls of the Kannon Sutra in his lifetime.

One day, Mr. Nakamura turned to his father and said,

“You’re working with hundreds of people working on a large machine for the army, but it’s a very dangerous job, so please give me one of these as a talisman.”

Therefore, he donated 1,000 scrolls of this Kannon Sutra to his father. As he said earlier, his father directed the temporary laborers he had hired to work with machines around the clock.

My father didn’t have a particular faith, but he was a person of character whom I respected, Mr. Nakamura. I think it was a little left over. non

Strangely enough, the first volume happened to be lying on the shelf. No matter how you look at it, there’s no way he could have been there, but it was a fact. I still wonder.

If you think about this sutra, there is a lineage. The cloth in this volume dissuades Mr. Nakamura, the person who helped Mr. Nakamura, and the person who saved him from committing suicide. Now again, I got this on the verge of suicide. This is just a matter of fact and he is not. At that time, I thought that this was not some kind of great, invisible will that was trying to save me, and that he should follow this will.

At that moment, my thoughts suddenly changed. Just at the moment when the sun rose, his mind became lively and sunny, as if a ray of light were to shine between them, or as if the night had turned into morning. “Let’s stop dying”, “Let’s live”, I vowed to myself. And if I was really saved by this Kannon Sutra, I decided to make this donation, just like Mr. Nakamura Iro.

Just then, the sun was about to rise over the mountains. I put my palms together facing the sun. Then he swore aloud. “Please give me the strength to recover. If I am saved as it is written in this sutra, I will disseminate this sutra one million times in my lifetime.”

After that, I worked frantically for three years and paid off all the debts I had at that time.

 

 

 

準脑觀音經

 

準 肢功徳衆。寂静にして、常に論すれば一切諸諸の大難能く是の人 を侵すこと無し。天上 及び人間福を受くること仏の如く等し。此の如 意珠に遇はば定んで無等等を得ん。若し我れ誓願大悲の裡一人として 二世の願を成ぜずんば我れ妄罪過の裡に堕して本覚に帰らず大悲を 捨てん。

準脑尊真言

ノウバ・サッタナン・サンミャク サンボダクチナン・タニャタ・オ

ン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ

 

 

 

Quasi-description

Junte Ikudokuto

heart

Everything. It’s okay. child

When

Seikan Daihi

Quasi-limb virtues. Keep calm and if you always discuss it, you will not be able to infringe on this person with all kinds of great difficulties. Receiving heavenly and human blessings is the same as Buddha. If you are treated like this, you will be unequaled. If I, as one of the people in the vow of great grief, do not fulfill the wish of the second generation, then I will fall into the midst of a sinful mistake and will not return to the original enlightenment and abandon the great mercy.

quasi-armored mantra

Nova Sattanaan Sammyak Sambodakchinan Tanyata O

N Sharay Shuray Juntei Sowaka

信仰の系譜

逆境に生きる

信仰の系譜

結婚する時だって、あなたから、自分は作家になるんだ、貧乏生活は覚悟 していてほしいといわれて、それでいいと思って結婚しました。 おれは必ず芥川賞をと それがあなたのログセでした。あなたが事業をやっている間じゅう、失敗した時はも とより、成功している時だって、ハラハラし通しでした。自分にないものを一生懸命やっ ているあなたが気の毒に思えたり、腹が立ったりでしたが、あなたの性格で、やるだけや らなければ気がすまないのだから、いつか気がつくだろうと思って見ていました。お父さ んとお母さん、それに子どもたちの面倒はわたくしがみますから、悪いことでない限り、 あなたの思う通りに何んでもおやりなさい。ただし、わたくしの収入は当てにしないでく 「ださいね」

そこで、わたくしは、もっていた本や背広などを売り、四万八千円余つくった。そうし 横浜の生麦の裏長屋を一軒借りた。 六畳と三畳とお勝手という間取りであった。いま はもうこの家は残っていないと思うが、もしまだ存在しているのなら、阿含宗の発祥の地 として保存しておきたい気持である。

この長屋は、表通りから入るのに、肩幅ぐらいの狭い路地を通らねばならないから、雨 が降っても傘がさせなかったほどである。

とにかく、そこでわたくしは、それまで趣味としてやってきた運命学、それに改めて本 格的に取り組み、人びとのために役立てようと決意した。

因縁解脱の基本は何かといえば、人のためになる、人に喜んでもらう、世の中のためになる、いうならば、自分が徳を積むということであると思った。 いまの自分に人のために 何ができるかと考えると、何もない。 しかし、ただ一つあるとすれば、運命学の知識があ る。これだけは絶対に人に負けないだけの自信があった。一つ、この力を発揮して、人び とに因縁の何たるかを教えてあげて、悪い因縁を切るための信仰へ道を開いてあげよう。 人に尽す道はこれしかないと思った。

その当時のわたくしの信仰というと、準胝観音をご本尊とする観音信仰であった。 なぜ、この信仰をもつにいたったかといえば、仕事に大失敗した時、わたくしは、自殺 を決意したことがあった。

道楽したり、怠けたりしたわけではないのに、トラブルが重なり、大きな負債を背負っ てしまった。債権者に連日責められる羽目となった。

そこで、二、三日、自分の行く末をじっくり考えてみたいと思い、父が戦争中に据えて いた田圃の中の工場跡へバッグ一つ提げて出かけていった。

二、三日考えているうちに、もう生きているのが面倒になり、いっそ死んでしまえ、と いう心境に陥ってしまった。いわば、死神がついたということであろう。

死神がつくということがどういうことなのか、この時わたくしははじめてわかったような気がした。 だんだん視野が狭くなってきて、目の前が暗くなる。 そのうちに、目の前十 センチくらいしか見えなくなってしまって、死ぬこと以外は何も考えなくなってしまう。 どうやって問題を解決するか、などというようなことには、もう頭が回らないというか、 考える気力もなくなって、死ぬしかないという気分に陥り、あとは、どうやって死のうか と、そればかりを考えるようになる。 そうなると、もう死ぬ方法も鉄道自殺など面倒にな り、とにかく手近にあるもので、パッと死にたくなる。

そんな状態になっているうちに、明け方になり、いよいよ首を吊ろうという気になった。 そして、寝ころがったまま、あのあたりに縄をかけて、などと考えながら天井を見上げ ていたところ、棚が目につき、その棚から何か小さなものがちょいとはみ出しているのが 見えた。ふと好奇心がわいて、 「あれ、何んだろうな」と思って、ひょいと立ってみた。 これが転機となって、死神がはなれたのであろう。このことがなかったら、わたくしは確 実に首を吊っていたと思う。それまでは、思考が完全に停止し、死んだ後、誰が困るかと か、そういった死ぬこと以外の、ほかのことは何んにも考えなくなっていた。

とにかく、立ち上がってそこに見たのは真新しい小さな経巻であった。幅二、三センチ、 長さ五、六センチ、厚み一センチ弱の小さなものであった。

この工場を引き払って、もう三年にもなるのに、どうしてこの棚に経巻が置き去りにな っていたのかと、 いぶかしく思いながら、ふと父から以前聞いたある話を思い出した。 父の取引先に中村語郎さんという方がおられた。父は陸軍から引き取った払下げ品の一部を製紙原料として、この中村さんの会社に納めていた。

中村さんは製紙原料問屋としては当時日本一といわれた人であったが、道楽もだいぶし たらしく、若い頃から苦労がたえず、一時は「おけらの語郎」とさえいわれた人であった。 そのどん底の時に、前途に希望を失った中村さんは「いっそ死んでしまおう」と、冬の木 枯しが吹き荒ぶ時季に、洗い晒しの浴衣一枚を着て、近くの川へ出かけた。橋の上から身 投げしようとしたところ、いまや飛び込もうとした寸前に、通りかかった人に、「お待ち なさい」と呼びとめられ、

「あなたは死ぬつもりでしょう」

といわれた。

「いや、死ぬつもりじゃない」

「ウソをいいなさい」

「いやあ、実はお察しの通りです。しかし、お情けだから黙ってこのまま死なせて下さい」 といった押し問答の末、

とにかく、わたくしのところへまずいらっしゃい。それから死んでも遅くないでしょう」 と、その場はひとまずその人の勧めにしたがい、立派な家に連れてゆかれた。ご飯を食 べさせてもらいながら、事情を話したところ、その人は、

「実はわたくしもその昔、自殺しようと思ったことがあった。 その時、やはりある人に

呼び止められて、「あなたは神仏に対する正しい理解がないから、そういうことになるのです」と諭され、少しのお金とともにお経をくれた。それで自分も死ぬのを止め、信仰を もって一生懸命に働いた結果、こうしていっぱしの商売人になった」 と、自分の過去を、中村さんに話して聞かせた。

それ以来、その人は、自分を救ってくれた人への恩返しのつもりで、その時手渡された ものと同じ経巻をたくさんつくって、多くの人に布施しているということであった。

この話を聞かされた中村さんは、大いに勇気づけられ、その経巻と、とりあえず飢えを しのげる程度のお金をいただいて、その人の家を去った。 その後、一生懸命に働いて、つ いには、日本一といわれる製紙原料問屋を築いたというのである。

そして、その中村さんもまた、助けてくれた人と同じ道を歩みたいと、一生に何十万巻 かの観音経を布施することを念願された。

ある時、中村さんは父に向かって、

「あなたは何百人もの人を使って陸軍の大きな機械相手の仕事をされているが、非常に危 険な仕事でしょうから、一つこれをお守り代わりにみなさんに差し上げてください」

ということで、この観音経を父に一千巻布施してくださったとのことである。先に述べ た通り、父は、自分の入れた臨時人夫を指揮して二十四時間作業の機械相手の仕事をして いたのである。

父は特に信仰というものはなかったが、尊敬している人格者の中村さんのお話であった から、素直にありがたくいただき、全員に配った。それが少し余っていたと思われる。 不

思議なことに、その一巻が偶然棚にころがっていたわけである。どう考えてもそんなとこ ろにあるわけはないのだが、事実あったのである。いまでも不思議に思っている。

このお経には考えてみると、一つの系譜というものがある。 この巻の布によって、 中村さん、中村さんを助けた人、そしてまたその人を救った人等々、みな自殺を思いとど まらせている。いままた、自殺寸前のわたくしがこれを手にした。 これは本当にただ事で はない。これは自分を救おうという何か大きな目に見えない意志が働いているのではない この意志に従うべきではないか、その時そう思った。

その刹那、パーッと考えが変わった。ちょうど太陽が昇る瞬間に、間に光が射すかのよ うに、あるいは夜が朝に変わるかのように、心が生き生きと晴れやかになっていった。 「死ぬのをやめよう」 「生きよう」と、わたくしは自分自身に誓った。そして、この観音経 によって、わたくしが本当に救われたならば、中村語郎さんと同様に、わたくしもこのお 布施しようと決心した。

ちょうどその時、山の向こうに朝日が昇ろうとしていた。わたくしは、その太陽に向か って合掌した。そして、声を出して誓ったのである。「どうか私に再起の力をあたえて下 さい。もしも、このお経の中に書いてある通り、私が救われたならば、私は生涯にこのお 経を百万巻布施いたします」と。

その後、三年間、わたくしは死にもの狂いで働き、当時の借金は全部返済してしまった のである。

観音慈恵会の設立

そこで、このお経の功徳が大変なものであることがわかったので、どのようにして、そ れを多くの人びとに布施するかということを考えた。 要するに、この時考えたことは、う んと儲けてお寺に寄付するとか、この観音経をもとにして何かのグループを結成し、自分 がスポンサーになって、有能な有徳の士に中心になってもらい、その功徳を広めようとい うことであった。

観音経に感謝し、誓願も立てていたが、まさか自分自身が宗教家になろうとは、その頃 は夢にも思っていなかった。

いま、阿含宗の信徒に授けている勤行式は、その経巻をそのまま模したものである。

ぎょう

そうした諸々の経緯を経て、 生麦に出てきたわけであるが、その前後から、完全に治っ ていたと思っていた身体がまた悪くなり、要注意の状態になったが、行で死ぬなら本望だ という気持もあって、どんどん荒行を実行した。

一方、運命学のほうは、アマチュアではあったが、相当勉強もし、多くの人たちの運命 を実際に見るという経験も積んだ。 したがってすごく当たると、一部ではかなり評判にな っていたので、ちょっと宣伝でもすれば、昔の友人や仕事の関係者などいくらでも集まっ てきたと思う。しかし、そういう生き方、やり方では、過去の因縁を切ることにはならな

いと考え、徹底して誰にも知らせなかった。過去とまったく絶縁することが因縁を切る第 一歩であると思った。 過去の引っかかりで収入を得たり、飯を食っていたのでは過去の業 消えぬと思ったのだ。

このような次第で、わたくしは、生まれ変わったつもりで、自分自身が救われた観音経 にもとづき、準胝観世音菩薩をご本尊として、観音慈恵会をはじめた次第である。

それまでにわたくしは、仏教の本格的な勉強をしたことがない。だから、自分自身でも 坊主になったつもりもなければ、宗教家になったつもりもなく、一介の求道者として歩み はじめたのである。この求道生活によって、一人でも多くの人が救われることが、わたく 自身の罪障消滅になり、因縁解脱につながるのだ、という固い信念があった。 わたくしは、自分の力で、人を救うなどという大それた気持をもったことは一度もない。 自分が救われ、 中村語郎さんが救われ、そのまた前の人が救われたという、この救われる 一つの系譜というか、その救いの流れの中に、人を入れてあげることによって、人を救う ことができるのではないか、あるいはその救いの流れに入るきっかけをつくってあげるだ けでも、わたくしの役割を果たすことができるのではないか、それで、人が救われるとし たら、その功徳がわたくしにきて、因縁が一つ一つ切れていくであろう。そう思って、昭

和二十九年の秋口に観音慈恵会をはじめたわけである。

きっかけが、観音の慈しみと恵みであったから、会の名称を観音慈恵会とし、至極簡単

に名前をつけたわけである。

阿弥陀如来

阿弥陀如来

命あるものすべてを救うべく誓いを立て、極楽浄土に導く

 

 

阿弥陀如来(あみだにょらい)とは?

無限の寿命を持つことから無量寿如来ともいいます。限りない光(智慧)と限りない命を持って人々を救い続けるとされており、西方極楽浄土の教主です。四十八願(しじゅうはちがん)という誓いを立て、その中には「南無阿弥陀仏」と唱えたあらゆる人々を必ず極楽浄土へ導くとあり、広く民衆から信仰されました。ちなみに他力本願も四十八願の誓いから来ており、本来は阿弥陀様にすがって極楽に行こうという意味です。

 

阿弥陀三尊として聖観音と勢至菩薩と並ぶ姿が多いです。さらに二十五菩薩を従え、雲に乗って往生者を迎えにやってくるといわれています。そのほか来迎の様子をあらわす場合もあります。

ご利益

極楽往生、現世安穏のご利益があります。また、戌・亥年生まれ守り本尊です。

阿弥陀如来(あみだにょらい)の像容

釈迦如来と同じく装飾品は一切ないです。来迎印という印は、極楽浄土に迎えに来たことを意味していますよ。この印相は施無畏・与願印に似ていますが、第1指ともう1本の指をねじるのが特徴です。

 

特殊な例としては、宝冠阿弥陀像、裸形阿弥陀像、斜めうしろを振り返る姿をしている見返り阿弥陀などがあります。

不動明王(ふどうみょうおう)

不動明王(ふどうみょうおう、: अचलनाथacalanātha[2])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。

 

不動明王

破壊と再生を司り、悪を滅する

不動明王(ふどうみょうおう)とは?

語源は「動かない守護者」を意味し、インド神話のシヴァ神の別名です。シヴァは暴風雨の威力を神格化したもので、破壊的な災害を起こす半面、雨によって植物を育てます。その破壊と恵みの相反する面は不動明王にも受け継がれているのです。不動明王は仏法の障害となるものに対しては怒りを持って屈服させますが、仏道に入った修行者には常に守護をして見守ります。

 

大日如来の化身として、どんな悪人でも仏道に導くという心の決意をあらわした姿だとされています。特に日本で信仰が広がり、お不動様の名前で親しまれています。そして、五大明王の中心的存在です。五大明王とは、不動明王を中心に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)・軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)・大威徳明王(だいいとくみょうおう)・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の5体のことを指し、不動を中心に東西南北に配されます。不動明王の脇侍として八大童子のうちの矜迦羅(こんがら)・制多迦(せいたか)の2童子が配されることも多いです。ちなみに不動明王の持っている龍が巻きついている炎の剣が単独で祀られている場合があります。不動明王の化身とされ、倶利伽羅竜王(くりからりゅうおう)などと呼ばれています。

ご利益

除災招福、戦勝、悪魔退散、修行者守護、厄除災難、国家安泰、現世利益のご利益があるとされる。また、酉年生まれ守り本尊です。酉年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

不動明王(ふどうみょうおう)の像容

背の低い、ちょっと太めの童子型の造形が多く、怒りの表情をしています。目は天地眼(てんちげん)といって右目を天に向けて左目を地に向けていますよ。口は牙上下出といって右の牙を上に出して左の牙を下に出しています。炎の光背を背にし、手には剣と羂索(けんじゃく)を持っています。剣は大日如来の智慧の鋭さを表現しています。羂索とは煩悩を縛り悪の心を改心させる捕縛用の縄のことです。

スサノオノミコト

ヤマタノオロチ退治の神話で知られるスサノオノミコトは、最も勇猛果敢な神として不動の人気をもつ英雄神です。

スサノオノミコトの表記は、古事記では建速須佐之男命タケハヤスサノヲノミコト、速須佐之男命、須佐之男命、日本書記では素盞嗚尊スサノオノミコト、神素盞嗚尊カムスサノオノミコト、建速素盞嗚尊等々、出雲国風土記では神須佐之袁命カムスサノオノミコト、神須佐乎命、須佐能袁命などさまざまですが、古事記、日本書記(以下、「記紀」)はスサノオノミコトを皇室祖先神・アマテラスオオミカミの弟で神速勇猛な荒ぶる神と描き、出雲国風土記は須佐すさの地に御魂を止めた穏やかで平和な須佐の長としてその姿を記

大日如来

 

だいにちにょらいサンスクリット語: Mahāvairocana[1])は、真言密教の教主であるであり、密教本尊

 

 

大日如来
すべての生き物の根本となる仏

大日如来(だいにちにょらい)とは?
大日とは「大いなる日輪」という意味です。太陽を司る毘盧舎那如来がさらに進化した仏です。密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。また、すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、釈迦如来も含めて他の仏は大日如来の化身と考えられています。

大日如来には悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界大日如来と、無限の慈悲の広がりを象徴する胎蔵界大日如来という2つの異なる捉え方があります。金剛とはダイヤモンドのことを指し、智慧がとても堅く絶対に傷がつくことがないことを意味しています。また、胎蔵とは母親の母胎のようにすべての森羅万象が大日如来の中に包み込まれている様を意味しています。この2つが揃って大日如来を本尊とする密教の世界観が出来上がるのです。
ご利益
現世安穏、所願成就。また、未・申年生まれ守り本尊です。
大日如来(だいにちにょらい)の像容
本来、如来は出家後の釈迦の姿をモデルとしているため装飾品は身に付けていませんが、大日如来だけは別格で豪華な装飾品や宝冠を付けています。また、螺髪(らほつ)ではなく、髪を結い上げています。

金剛界、胎蔵界の姿でそれぞれ印の形が違います。金剛界の大日如来は、左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で包みこむ智拳印の印相をしています。一方、胎蔵界の大日如来は、腹の前で両手の全指を伸ばして組み合わせる定印です。