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未分類

イチョウ

活性酸素とイチョウ葉エキス

二億五千万年を生き抜いた力

イチョウの樹の秘密

まう。

活性酸素の恐ろしさを、 前に説明した。

ガン・心臓病・脳卒中・糖尿病など、生活習慣病 (成人病の最大の原因となるものが、この活 性酸素だといわれている。

いや、いまや、生命体の老化の原因が、活性酸素によるものだといわれているのである。

ショウジョウバエというハエがいる。 成虫となってから約二十四時間しか生きていないので、よ く、遺伝の実験に使われている。このハエが、どうしてこんなに生命が短いのか、その原因が最近 わかった。 それは、このハエは、生まれつき、活性酸素を防ぐ酵素を持っていないのである。 その ために老化がかくも速く進んで、寿命が短いのだという。

この一つのことだけで、活性酸素の恐ろしさがわかると思う。

だから、われわれが、健康長寿を願うならば、まず、この活性酸素を防がねばならないのである。 幸いにも、人間は、ショウジョウバエと違って、活性酸素を防ぐ酵素を持っている。 これを「スー

バー・オキサイド・ディスムターゼ」 (SOD)という。だが、このSOD発生装置も中年になると 衰えてしまって、十分に活動しなくなる。 四十歳を過ぎると急激に減少してしまって、五、六十歳 になると、ほとんど機能しなくなる。 つまり、生活習慣病(成人病の発生と、正比例するのであ

どうやって、活性酸素を防いだらよいのか?

その参考になるのが、植物である。

どうするか?

というのは、この恐ろしい活性酸素は、人間の体の中にだけ発生するのではないからである。 意 外のようだが、植物のほうが、人間の何倍もの活性酸素を発生させる危険にさらされているのである。 ご承知の通り、植物はその葉の中でブドウ糖をつくっている。 植物の緑の葉の中には、葉緑体と いう装置を持つ細胞工場がある。 植物はこの工場で、炭酸を材料に、ブドウ糖をつくるのである。 そのエネルギーは、太陽からとり入れる。原料である炭酸は、大気中の二酸化炭素であり、これを根 から吸いあげた水に溶かせば原料となる。 これが、植物の「光合成」と呼ばれるメカニズムである。 光合成の過程では酸素が発生するので、葉緑体内部には、高濃度の酸素が多量にある。 高濃度の 酸素は、当然、強い活性酸素の材料となる。 活性酸素が発生したら、植物も人間と同様、死んでし

うん。 植物は、自分の生命を守るために、ちゃんと、活性酸素除去の物質を持っているのである。この 物質を持っていない植物は、とうの昔に活性酸素のために絶滅して、姿を消してしまっている。い

ま、地球上に存在している植物は、みな、大なり小なり、この物質を持っているのである。

それは、フラボノイドという物質である。

マー

フラボノイドは、葉の表面や種に存在して、活性酸素を除去する役目をはたしている。 そして、 非常に重要なことは、このフラボノイドの活性酸素除去の効力は、人間にも同じような効力を発揮 するということである。 だから、われわれは、植物からこのフラボノイドを採って、 使えばいいわ けである。

植物はどんな植物でもみなフラボノイドを持っているから、どの植物でもいいわけだが、その効 力の高いものもあれば、低いものもある。 フラボノイドの種類は非常に多く、干のケタでかぞえら れるが、高等植物ほど、その種類が多い。

中でも、イチョウの葉のフラボノイドは、他に類を見ないほど強力である。

はいき

イチョウの樹は、生きた化石と呼ばれている。 二億五千万年の昔から、地球上に生き続けている からである。 その生命力の強さは、原爆投下後のヒロシマの廃墟の中で、一番早く芽を吹いたと伝 えられているほどである。

イチョウの葉には、十種以上のフラボノイドが含まれているが、その中にイチョウ特有のものが 四種もあるのである。

このイチョウ特有のフラボノイドは、「二重分子フラボノイド」と呼ばれ、二個のフラボノイドが 重なった形になっている。

イチョウの葉が緑から黄に変わる時期に採取して、そこから抽出したエキスは、二重分子フラボ

ノイドをはじめとするフラボノイドの豊庫である。

イチョウの葉に含まれる主なフラボノイドは、次の通りである。

ケルセチン・ラムノグリコシド

ケンフェロール・ラムノグリコシド

ケンフェロール

イソラムネチン

ギンケチン

イソギンケチン

ゼロチン

シアドピチジン

フラボンが二つ重なった、より強力な二重フラボン

このイチョウの葉のフラボノイドの効用は、ドイツを起点として、スイスやフランスに、医薬品

として広まっている。

ドイツでは、医薬品の適応症として、

めまい、頭痛、耳鳴り、記憶および集中力薄弱、脳血液循環不全による思考力の低下

脳卒中および脳挫傷の後遺症

血行不良による聴力および視力の低下

動脈硬化による腓腹筋のけいれん性疼痛

末梢血管障害

組織に対する血液供給不足による感覚麻痺、冷覚、足指蒼白

高年齢者におけるニコチン濫用および糖尿病による動脈血液循環不全てを

があげられ、医師によって臨床に用いられているのである。

フランスでも、だいたい同じような適応症があげられている。

◎脳循環不全およびそれに伴う機能障害(めまい、頭痛、記憶喪失、知能低下、運動障害、感情お よび性格混乱)

下肢の動脈炎とその合併症 レイノールズ氏病、肢端知覚異常、肢端紅色チアノーゼ、 毛 細血管弱

◎循環が原因となる神経感覚症状、特に眼科および耳鼻咽喉科領域におけるもの

ほかに、 フラボノイドの作用として、フランスにおいても、ドイツにおいても、

活性酸素 フリーラジカル”を捕捉 除去し、過酸化脂質形成の予防および減少が認められてい

る。ビールの話

ヨーロッパではれっきとした医薬品で、ここ数年来、その売上高は全医薬品のトップにのし上っ ている。

十年ほどの間に三十倍にも達したという。たいへんな人気である。

アメリカでは一九八九年に健康食品として発売され、急成長している。 わが国でも、ごく最近、 健康食品として登場している。

イチョウという樹は非常におもしろい植物で、地球上に姿をあらわしたのは、約二億五千万年前、 古生代といわれている。中生代 ジュラ紀のちょうど恐竜が栄えていたころには、十五種類ものイ チョウの仲間が森林をつくっていた。その後のたび重なる地球の大変動で大部分のイチョウは絶滅 してしまったが、ただ一種のイチョウだけが、その危機を乗り越えて生き残った。 それがいまわ れわれが街かどなどで見かけるイチョウなのである。

したがって、イチョウは分類上、仲間のいない一属一種の植物なのである。

集め 二億五千万年にわたる地球の大変動にたえ抜いて生き残ったおどろくべき生命力の秘密がいま、 しだいに解明されつつあるのだが、おもしろいことに、日本産のイチョウが、活性酸素除去に一番、 効力があるという。欧米に向けて毎年、大量に輸出されている。

ここで知っておかねばならぬことは、イチョウの葉が活性酸素の除去に役立ち、脳血管や循環系 の調節に効果があるからといって、 手あたりしだいに葉を採ってきて、煎じて飲んでも、その効

果は期待できないということである。

イチョウの葉のフラボノイドはタンパク質と結合して、分子量が一、二万と大きくなっている。 人間は、五千以下でないと吸収できない。医薬品や健康食品に用いられるエキスは、特許技術によっ て、四千以下におさえられているのである。

わたくしは、この特許技術によって製造されたイチョウ葉エキスを、朝晩、 適量、摂っている。 光和食品株式会社の総合ビタミン・ミネラルサプリメントには、一日量のイチョウ葉エキスが入っ ているので、このサプリメントを飲むだけでよいわけだが、重複しても害はないし、少し多いほう が効果があってよいだろうと思うので、わたくしはそうしている。

紫外線の害は非常に恐ろしい。

スポーツその他で太陽を浴びるときには、外用の紫外線よけクリームを顔や手足に塗ると同時に、 イチョウ葉エキスを増量して内用し、その害を防ぐように心がけてほしいものである。

ビール酵母の話

若返りとビール酵母

前項までに述べたもののほか、わたくしが毎日愛用しているものに、「ビール酵母」がある。 いまから四十八年前の一九五一年、『若く見え長生きするには』という本が欧米で出版されて、大 きな話題を呼んだ。

著者は、ゲイロード・ハウザーという栄養学者で、ハウザー博士は、その本の中で、「ハウザー式 健康法」という若返りと長寿の方法を紹介した。

この本が話題になったのは、そこに書かれているハウザー博士自身の体験談が、じつに興味深い ものだったからである。

ハウザー博士は、若いときに結核にかかり、死の宣告を受けた。 ところが、ハウザー博士みずか ら考案した「ワンダーフーズ」(驚異の食品)を用いた食事療法で奇跡的に回復したというのである。 そして博士は、その後もこの食事療法を続けたところ、ほとんど病気にかかることがなく、九十歳 になっても、六十歳ぐらいにしか見えない若々しい健康体だったという。

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准胝仏母(じゅんていぶつも)

准胝観音

准胝とは、梵名チュンディ—Cundi) の音写で「清浄無垢」という意味があり、 さとりの道を歩

ませる観音です。

別名、准胝仏母、七(しち)倶(ぐ)胝仏(ていぶつ)母(ば)とも呼ばれます。七倶胝とは 「無量」を意味しますから、 多くの諸仏の母となります。そのため観音菩薩ではないとの説もあります。経軌にも観音として説かれていない ことから、天台密教では准胝如来として仏部の尊としますが、真言密教では観音の一つとして 六観音の中に加えます。
求児・安産の本尊としてもまつられます。もとは水の神で、 そまんのだ 姿ら は女身といわれています。
なお、胎蔵曼荼羅中台八葉院の観音の種子は、この准胝観音のプ(ぎ)字が記されています

 

准胝仏母(じゅんていぶつも)・七倶胝仏母(しちくていぶつも)ともいいます。もとはヒンドゥー教の女神であるドゥルガーで、シヴァ神の妃とされています。とても美しい姿ですが、神々の武器を持って魔族を倒した戦いの女神です。そのため本来は女尊であり、観音ではないという指摘もあります。しかし、ここでは観音として紹介しますね。

 

仏教に取り入れられてからは慈悲深い清浄をもたらす神とされ、七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)ともいわれています。これは遙か過去より多くの仏を誕生させた仏の母という意味です。そのため、真言宗系では人道を救済する六観音(聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音)に数えられますが、天台宗系では准胝仏母といわれ如来に分類されています。不空羂索観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。

ご利益

修道者守護、無病息災、延命のご利益があり、安産や子供が授かるなどの功徳があります。

 

空海の孫弟子にあたる理源大師(りげんだいし)聖宝は修験の僧として知られ、自ら霊木を刻んで祀ったのが准胝観音と如意輪観音でした。経典には、修験者が准胝陀羅尼を唱えれば身が清浄となり成仏できると説かれています。また聖宝は醍醐天皇の皇子誕生を准胝観音に祈願し、のちの朱雀、村上両天皇が誕生したといいます。そのため一般的には子授け、安産としての功徳が知られています。

准胝観音(じゅんていかんのん)の像容

手は18本で3つ目の姿であることが多いです。中央の手は説法印と施無畏印をとります。また持ち物は武器や数珠、蓮華などを持っています。

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普賢菩薩

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ、 samantabhadra [サマンタバドラ]、: ཀུན་ཏུ་བཟང་པོ་ [kun tu bzang po])は、大乗仏教における崇拝の対象である菩薩の一尊。文殊菩薩とともに釈迦如来脇侍として祀られることが多い[1](参照:釈迦三尊)。法要では四七日の仏とされる。

 

普賢菩薩

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

ご利益

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

準胝観音をご本尊とする観音信仰 , Kannon worship with Juntei Kannon as its principal image

 

 

その当時のわたくしの信仰というと、準胝観音をご本尊とする観音信仰であった。 なぜ、この信仰をもつにいたったかといえば、仕事に大失敗した時、わたくしは、自殺 を決意したことがあった。

準胝観音(じゅんざいかんのん)は、日本の仏教における観音信仰の中でも特に重要な存在です。準胝観音は、千手観音(せんじゅかんのん)とも呼ばれ、千本の腕を持ち、多くの眼を持つ観音像を指します。

準胝観音は、仏教の経典である『大日経』に記されている観音菩薩の姿とされています。この観音菩薩は、救済のために様々な姿や形態を取るとされ、その中でも千手観音は最も有名です。千手観音は、多くの手を持ち、それぞれの手で様々な行いをして救済の業をなし、また多くの眼を持ち、全ての方角を見渡して救済の対象を見つけるとされています。

観音信仰は、救済の対象となるすべての生命を慈悲深く見守り、救う存在として観音菩薩を崇拝する信仰です。観音信仰は、日本の仏教の中でも特に広く信じられており、多くの寺院や仏堂に観音像が安置されています。

準胝観音をご本尊とする観音信仰は、千手観音を中心に信仰する宗派や教団が存在します。これらの宗派や教団では、準胝観音を中心に祈りや念仏を捧げ、慈悲の心や救済の思いを深めることを重視しています。

観音信仰は、個々人の信仰心や宗派によって異なる解釈や信じ方が存在するため、詳細な情報を知りたい場合には、具体的な宗派や教団の教義や信仰体系を調べることをおすすめします。

 

Junzai Kannon is a particularly important figure among the Kannon beliefs in Japanese Buddhism. Juntei Kannon, also known as Senju Kannon, is a Kannon statue with a thousand arms and many eyes.

Juntei Kannon is the figure of Kannon Bodhisattva described in the Buddhist scripture “Dainichi Sutra”. This Kannon Bodhisattva is said to take various forms and forms for salvation, of which the Senju Kannon is the most famous. Thousand-armed Kannon has many hands, each of which performs a variety of deeds for relief work, and it is said that it has many eyes and looks in all directions to find the object of salvation.

Kannon faith is a faith that mercifully watches over all living beings who are the object of salvation and worships Kannon Bodhisattva as a saving existence. Kannon worship is one of the most widely believed beliefs in Japanese Buddhism, and many temples and Buddhist halls enshrine Kannon statues.

There are sects and sects that believe mainly in Senju Kannon. These denominations and sects emphasize the deepening of compassionate hearts and thoughts of salvation through prayers and nembutsu, centered on Juntei Kannon.

There are different interpretations and beliefs about Kannon beliefs depending on the religious beliefs and denominations of each individual, so if you want to know more detailed information, we recommend that you investigate the doctrines and belief systems of specific denominations and sects.

 

道楽したり、怠けたりしたわけではないのに、トラブルが重なり、大きな負債を背負っ てしまった。債権者に連日責められる羽目となった。

そこで、二、三日、自分の行く末をじっくり考えてみたいと思い、父が戦争中に据えて いた田圃の中の工場跡へバッグ一つ提げて出かけていった。

二、三日考えているうちに、もう生きているのが面倒になり、いっそ死んでしまえ、と いう心境に陥ってしまった。いわば、死神がついたということであろう。

死神がつくということがどういうことなのか、この時わたくしははじめてわかったような気がした。 だんだん視野が狭くなってきて、目の前が暗くなる。 そのうちに、目の前十 センチくらいしか見えなくなってしまって、死ぬこと以外は何も考えなくなってしまう。 どうやって問題を解決するか、などというようなことには、もう頭が回らないというか、 考える気力もなくなって、死ぬしかないという気分に陥り、あとは、どうやって死のうか と、そればかりを考えるようになる。 そうなると、もう死ぬ方法も鉄道自殺など面倒にな り、とにかく手近にあるもので、パッと死にたくなる。

そんな状態になっているうちに、明け方になり、いよいよ首を吊ろうという気になった。 そして、寝ころがったまま、あのあたりに縄をかけて、などと考えながら天井を見上げ ていたところ、棚が目につき、その棚から何か小さなものがちょいとはみ出しているのが 見えた。ふと好奇心がわいて、 「あれ、何んだろうな」と思って、ひょいと立ってみた。 これが転機となって、死神がはなれたのであろう。このことがなかったら、わたくしは確 実に首を吊っていたと思う。それまでは、思考が完全に停止し、死んだ後、誰が困るかと か、そういった死ぬこと以外の、ほかのことは何んにも考えなくなっていた。

とにかく、立ち上がってそこに見たのは真新しい小さな経巻であった。幅二、三センチ、 長さ五、六センチ、厚み一センチ弱の小さなものであった。

この工場を引き払って、もう三年にもなるのに、どうしてこの棚に経巻が置き去りにな っていたのかと、 いぶかしく思いながら、ふと父から以前聞いたある話を思い出した。 父の取引先に中村語郎さんという方がおられた。父は陸軍から引き取った払下げ品の一部を製紙原料として、この中村さんの会社に納めていた。

中村さんは製紙原料問屋としては当時日本一といわれた人であったが、道楽もだいぶし たらしく、若い頃から苦労がたえず、一時は「おけらの語郎」とさえいわれた人であった。 そのどん底の時に、前途に希望を失った中村さんは「いっそ死んでしまおう」と、冬の木 枯しが吹き荒ぶ時季に、洗い晒しの浴衣一枚を着て、近くの川へ出かけた。橋の上から身 投げしようとしたところ、いまや飛び込もうとした寸前に、通りかかった人に、「お待ち なさい」と呼びとめられ、

「あなたは死ぬつもりでしょう」

といわれた。

「いや、死ぬつもりじゃない」

「ウソをいいなさい」

「いやあ、実はお察しの通りです。しかし、お情けだから黙ってこのまま死なせて下さい」 といった押し問答の末、

とにかく、わたくしのところへまずいらっしゃい。それから死んでも遅くないでしょう」 と、その場はひとまずその人の勧めにしたがい、立派な家に連れてゆかれた。ご飯を食 べさせてもらいながら、事情を話したところ、その人は、

「実はわたくしもその昔、自殺しようと思ったことがあった。 その時、やはりある人に

呼び止められて、「あなたは神仏に対する正しい理解がないから、そういうことになるのです」と諭され、少しのお金とともにお経をくれた。それで自分も死ぬのを止め、信仰を もって一生懸命に働いた結果、こうしていっぱしの商売人になった」 と、自分の過去を、中村さんに話して聞かせた。

それ以来、その人は、自分を救ってくれた人への恩返しのつもりで、その時手渡された ものと同じ経巻をたくさんつくって、多くの人に布施しているということであった。

この話を聞かされた中村さんは、大いに勇気づけられ、その経巻と、とりあえず飢えを しのげる程度のお金をいただいて、その人の家を去った。 その後、一生懸命に働いて、つ いには、日本一といわれる製紙原料問屋を築いたというのである。

そして、その中村さんもまた、助けてくれた人と同じ道を歩みたいと、一生に何十万巻 かの観音経を布施することを念願された。

ある時、中村さんは父に向かって、

「あなたは何百人もの人を使って陸軍の大きな機械相手の仕事をされているが、非常に危 険な仕事でしょうから、一つこれをお守り代わりにみなさんに差し上げてください」

ということで、この観音経を父に一千巻布施してくださったとのことである。先に述べ た通り、父は、自分の入れた臨時人夫を指揮して二十四時間作業の機械相手の仕事をして いたのである。

父は特に信仰というものはなかったが、尊敬している人格者の中村さんのお話であった から、素直にありがたくいただき、全員に配った。それが少し余っていたと思われる。 不

思議なことに、その一巻が偶然棚にころがっていたわけである。どう考えてもそんなとこ ろにあるわけはないのだが、事実あったのである。いまでも不思議に思っている。

このお経には考えてみると、一つの系譜というものがある。 この巻の布によって、 中村さん、中村さんを助けた人、そしてまたその人を救った人等々、みな自殺を思いとど まらせている。いままた、自殺寸前のわたくしがこれを手にした。 これは本当にただ事で はない。これは自分を救おうという何か大きな目に見えない意志が働いているのではない この意志に従うべきではないか、その時そう思った。

その刹那、パーッと考えが変わった。ちょうど太陽が昇る瞬間に、間に光が射すかのよ うに、あるいは夜が朝に変わるかのように、心が生き生きと晴れやかになっていった。 「死ぬのをやめよう」 「生きよう」と、わたくしは自分自身に誓った。そして、この観音経 によって、わたくしが本当に救われたならば、中村語郎さんと同様に、わたくしもこのお 布施しようと決心した。

ちょうどその時、山の向こうに朝日が昇ろうとしていた。わたくしは、その太陽に向か って合掌した。そして、声を出して誓ったのである。「どうか私に再起の力をあたえて下 さい。もしも、このお経の中に書いてある通り、私が救われたならば、私は生涯にこのお 経を百万巻布施いたします」と。

その後、三年間、わたくしは死にもの狂いで働き、当時の借金は全部返済してしまった のである。

 

At that time, my faith was the Kannon faith with Juntei Kannon as the principal image. The reason why I came to have this faith is that when I made a big mistake at work, I decided to commit suicide.

It wasn’t that I was having fun or being lazy, but the troubles piled up and I was burdened with a huge debt. I was forced to be blamed by my creditors day after day.

So, for a few days, I wanted to think about my future, so I went out with a bag to the factory that his father had set up during the war.

After thinking about it for a few days, he came to the point that he was tired of living and that he should rather die. In other words, it means that the god of death has arrived.

At this time, I felt like I understood for the first time what it means to have a Shinigami. My field of vision is getting narrower and darker in front of my eyes. Before long, I could only see about ten centimeters in front of me, and I stopped thinking about anything but dying. He lost his mind, or even had the energy to think about how to solve the problem, and felt like he was going to die. come to think. When that happens, suicide by railroad becomes troublesome, and it’s something that’s right at your fingertips that makes you want to die instantly.

While I was in such a state, it was dawn, and I finally felt like hanging myself. And while he was lying on his back, he was looking up at the ceiling, thinking about how to put a rope around that area, when he saw a shelf and saw something small sticking out of the shelf. Suddenly, my curiosity was aroused, and I thought, “What is that?” This may have been the turning point for Shinigami to leave. If it hadn’t been for this, I’m sure I would have hung myself. Until then, his thoughts had completely stopped, and he had thought of nothing else but death, such as who would be in trouble after he died.

Anyway, I stood up and saw a brand new small sutra scroll. It was small, two or three centimeters wide, five or six centimeters long, and less than one centimeter thick.

It’s been three years since the factory was vacated, and I wondered why the sutra scrolls had been left behind on this shelf. One of his father’s business partners was Mr. Shiro Nakamura. His father used some of the surplus goods he received from the army as raw materials for papermaking and supplied them to Mr. Nakamura’s company.

Mr. Nakamura was said to be the best wholesaler of paper raw materials in Japan at the time, but he also had a great deal of indulgence. rice field. At that time, Mr. Nakamura, who had lost hope for the future, decided, “I’d rather die,” and went out to a nearby river wearing only a washed yukata in the season when the cold winter was blowing. He was about to throw himself off the bridge, but just before he was about to jump, a passer-by stopped him and said, “Wait!”

“You are going to die”

It was said.

“No, I’m not going to die”

“Tell a lie”

“Well, actually, as you can imagine. However, I’m sorry, so please shut up and let me die like this.”

Anyway, come to me first. After that, it won’t be too late even if you die.” For the time being, he followed the man’s advice and was taken to a splendid house. I talked to him about the situation while he let me eat, and he said,

“Actually, a long time ago, I also thought about committing suicide.

He was stopped and told, “This is because you don’t have a correct understanding of Shinto and Buddhism.” He gave me a little money and a sutra. That’s how he stopped dying, and as a result of his faith and hard work, he became a successful merchant,” he told Mr. Nakamura about his past.

Since then, this man, intending to repay the person who saved him, had made many copies of the sutras that had been handed to him at that time, and distributed them to many people.

Upon hearing this story, Mr. Nakamura was greatly encouraged, and left the man’s house after receiving the sutra scroll and enough money to endure his hunger for the time being. After that, he worked hard and eventually established Japan’s No. 1 paper raw material wholesaler.

And Mr. Nakamura also wanted to walk the same path as the person who helped him, and he wished to disseminate hundreds of thousands of scrolls of the Kannon Sutra in his lifetime.

One day, Mr. Nakamura turned to his father and said,

“You’re working with hundreds of people working on a large machine for the army, but it’s a very dangerous job, so please give me one of these as a talisman.”

Therefore, he donated 1,000 scrolls of this Kannon Sutra to his father. As he said earlier, his father directed the temporary laborers he had hired to work with machines around the clock.

My father didn’t have a particular faith, but he was a person of character whom I respected, Mr. Nakamura. I think it was a little left over. non

Strangely enough, the first volume happened to be lying on the shelf. No matter how you look at it, there’s no way he could have been there, but it was a fact. I still wonder.

If you think about this sutra, there is a lineage. The cloth in this volume dissuades Mr. Nakamura, the person who helped Mr. Nakamura, and the person who saved him from committing suicide. Now again, I got this on the verge of suicide. This is just a matter of fact and he is not. At that time, I thought that this was not some kind of great, invisible will that was trying to save me, and that he should follow this will.

At that moment, my thoughts suddenly changed. Just at the moment when the sun rose, his mind became lively and sunny, as if a ray of light were to shine between them, or as if the night had turned into morning. “Let’s stop dying”, “Let’s live”, I vowed to myself. And if I was really saved by this Kannon Sutra, I decided to make this donation, just like Mr. Nakamura Iro.

Just then, the sun was about to rise over the mountains. I put my palms together facing the sun. Then he swore aloud. “Please give me the strength to recover. If I am saved as it is written in this sutra, I will disseminate this sutra one million times in my lifetime.”

After that, I worked frantically for three years and paid off all the debts I had at that time.

 

 

 

準脑觀音經

 

準 肢功徳衆。寂静にして、常に論すれば一切諸諸の大難能く是の人 を侵すこと無し。天上 及び人間福を受くること仏の如く等し。此の如 意珠に遇はば定んで無等等を得ん。若し我れ誓願大悲の裡一人として 二世の願を成ぜずんば我れ妄罪過の裡に堕して本覚に帰らず大悲を 捨てん。

準脑尊真言

ノウバ・サッタナン・サンミャク サンボダクチナン・タニャタ・オ

ン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ

 

 

 

Quasi-description

Junte Ikudokuto

heart

Everything. It’s okay. child

When

Seikan Daihi

Quasi-limb virtues. Keep calm and if you always discuss it, you will not be able to infringe on this person with all kinds of great difficulties. Receiving heavenly and human blessings is the same as Buddha. If you are treated like this, you will be unequaled. If I, as one of the people in the vow of great grief, do not fulfill the wish of the second generation, then I will fall into the midst of a sinful mistake and will not return to the original enlightenment and abandon the great mercy.

quasi-armored mantra

Nova Sattanaan Sammyak Sambodakchinan Tanyata O

N Sharay Shuray Juntei Sowaka