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不動明王

不動明王(ふどうみょうおう、梵: अचलनाथacalanātha[2])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。

不動明王
破壊と再生を司り、悪を滅する

不動明王(ふどうみょうおう)とは?
語源は「動かない守護者」を意味し、インド神話のシヴァ神の別名です。シヴァは暴風雨の威力を神格化したもので、破壊的な災害を起こす半面、雨によって植物を育てます。その破壊と恵みの相反する面は不動明王にも受け継がれているのです。不動明王は仏法の障害となるものに対しては怒りを持って屈服させますが、仏道に入った修行者には常に守護をして見守ります。
大日如来の化身として、どんな悪人でも仏道に導くという心の決意をあらわした姿だとされています。特に日本で信仰が広がり、お不動様の名前で親しまれています。そして、五大明王の中心的存在です。五大明王とは、不動明王を中心に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)・軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)・大威徳明王(だいいとくみょうおう)・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の5体のことを指し、不動を中心に東西南北に配されます。不動明王の脇侍として八大童子のうちの矜迦羅(こんがら)・制多迦(せいたか)の2童子が配されることも多いです。ちなみに不動明王の持っている龍が巻きついている炎の剣が単独で祀られている場合があります。不動明王の化身とされ、倶利伽羅竜王(くりからりゅうおう)などと呼ばれています。
ご利益
除災招福、戦勝、悪魔退散、修行者守護、厄除災難、国家安泰、現世利益のご利益があるとされる。また、酉年生まれ守り本尊です。酉年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。
不動明王(ふどうみょうおう)の像容
背の低い、ちょっと太めの童子型の造形が多く、怒りの表情をしています。目は天地眼(てんちげん)といって右目を天に向けて左目を地に向けていますよ。口は牙上下出といって右の牙を上に出して左の牙を下に出しています。炎の光背を背にし、手には剣と羂索(けんじゃく)を持っています。剣は大日如来の智慧の鋭さを表現しています。羂索とは煩悩を縛り悪の心を改心させる捕縛用の縄のことです。
愛染明王(あいぜんみょうおう、梵: rāgarāja

愛染明王(あいぜんみょうおう、梵: rāgarāja[1])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の憤怒相を主とする尊格である明王の一つ。愛染王とも[1]。

愛染明王
東洋の恋愛の神様。愛欲を仏の悟りに変える力を持つ
愛染明王(あいぜんみょうおう)とは?
仏教では愛欲は煩悩の1つであり、煩悩を捨てることが悟りを開く道であるとされていました。しかし密教では「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という煩悩があるからこそ、人々から悟りを求める心が生まれると考えられています。その教えを象徴したのが愛染明王であり、愛欲・煩悩を悟りを求める心に導き、様々な悩みを救ってくれるとされています。
ちなみに戦国武将・直江兼継の頭兜には「愛」の文字の前立てがあることで有名です。「愛」の1字は愛染明王から取ったとする説があります。
ご利益
良縁、結婚成就、夫婦円満、無病息災、延命、戦勝、染物屋・水商売守護のご利益があるとされています。
愛染明王(あいぜんみょうおう)の像容
全身赤色で、3つの目に6本の手があるのが一般的です。西洋の愛の神・キューピッドと同じで弓矢を持っています。
Aizen Myo-o (Bon: rāgarāja[1]) is an object of worship in Buddhism, and is one of the Myo-o who is a deity whose main feature is the wrathful face unique to Esoteric Buddhism. Also Aizen-o [1].
Aizen Myoo
God of oriental love. He has the power to turn lust into enlightenment
What is Aizen Myoo?
In Buddhism, lust is one of the worldly desires, and abandoning the worldly desires is the path to enlightenment. However, in esoteric Buddhism, it is believed that people seek enlightenment because of the worldly desires called “bonnosokubodai.” The symbol of this teaching is Aizen Myo-o, which is said to guide love and earthly desires to the heart seeking enlightenment and save various troubles.
By the way, the Sengoku warlord Kanetsugu Naoe is famous for having a placket with the word “love” on his head. There is a theory that one character of “love” was taken from Aizen Myoo.
benefit
It is said that there are blessings such as good matchmaking, successful marriage, harmonious marriage, disease-free health, life extension, victory in war, and protection of dyers and merchants.
Statue of Aizen Myoo
They are generally red all over and have three eyes and six hands. He has a bow and arrow like Cupid, the Western god of love.
准胝観音 仏の母といわれ母性を象徴する安産・子授けの観音菩薩

准胝観音
仏の母といわれ母性を象徴する安産・子授けの観音菩薩
准胝観音(じゅんていかんのん)とは?
准胝仏母(じゅんていぶつも)・七倶胝仏母(しちくていぶつも)ともいいます。もとはヒンドゥー教の女神であるドゥルガーで、シヴァ神の妃とされています。とても美しい姿ですが、神々の武器を持って魔族を倒した戦いの女神です。そのため本来は女尊であり、観音ではないという指摘もあります。しかし、ここでは観音として紹介しますね。
仏教に取り入れられてからは慈悲深い清浄をもたらす神とされ、七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)ともいわれています。これは遙か過去より多くの仏を誕生させた仏の母という意味です。そのため、真言宗系では人道を救済する六観音(聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音)に数えられますが、天台宗系では准胝仏母といわれ如来に分類されています。不空羂索観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。
ご利益
修道者守護、無病息災、延命のご利益があり、安産や子供が授かるなどの功徳があります。
空海の孫弟子にあたる理源大師(りげんだいし)聖宝は修験の僧として知られ、自ら霊木を刻んで祀ったのが准胝観音と如意輪観音でした。経典には、修験者が准胝陀羅尼を唱えれば身が清浄となり成仏できると説かれています。また聖宝は醍醐天皇の皇子誕生を准胝観音に祈願し、のちの朱雀、村上両天皇が誕生したといいます。そのため一般的には子授け、安産としての功徳が知られています。
准胝観音(じゅんていかんのん)の像容
手は18本で3つ目の姿であることが多いです。中央の手は説法印と施無畏印をとります。また持ち物は武器や数珠、蓮華などを持っています。
システムとしての求聞持法
システムとしての求聞持法
「変身の原理」で、私は、カナダの著名な神経外科学の大家、W・ペンフィールドの発見 密教の持つすぐれた知能開発法寺聴法」のメカニズムの一端を解説した。 私はそのとき、「ひとたび修身するや、目はカメラになり、耳はテープレコーダーに変化し て、ひとたび目にし、ひとたび耳にしたことは永久に忘れなくなる技術である」と説明した。 たしかにその通りであるが、そのためにこの法を、一種の記憶力増強法、いわゆる記憶術の一 のようにうけとったひともあるようである。ページ数の関係その他の事情から十分に説明でき ず、それも無理のないことであったが、この技法が単なる記憶術のようなものであるのなら、た いした価値のないつまらないものといわればならない。なぜならば、ただ単に記憶がよくものお ぼえがよいというだけでは、ひとはよい仕事をすることができない。 ただたんにもの知りだけで はすぐれた業績をのこすことはできない。問題は、多量に持っている知識(情報)を、いかに活 用してあたらしいものを生み出すかというところにある。
い子とのよい子のちがい
ギャラップは、
たんな
そるべき技術である。 知能とはなにか。 ごく大ざっぱに分けるならば、二つの
であろう。記憶と創造である。 特聡明法は、この二つのはたらきをするメカニズムに、あた らしいメカニズムをつけくわえて、あたらしい力と効果を発揮する。
この技法が、ジョージ・ギャラップや、オルダス・ハックスリーのいうように教育にとり入れ られたならば、人類のうける利益は想像することもできないほどのものである。 ギャラップのい うように、ヒトは、まさに、未来に向かって数百年の飛躍をすることができるであろう。 そういうと、そんなすばらしい技術がどうして今まで世のなかにあらわれなかったのかと、あな たは疑問に思うかも知れない。
これほどの技術が、なぜ密教寺院の片すみに埋没してしまったのか、いくつかの理由があげら れるだろうが、その最大の理由はこうである。
すぐれた古い方法がまったく見落とされてきたということは奇妙なことだ。 それに、あと になって全く忘れ去られてしまっている非常に重要な技術を発達させた個人、あるいは文化がよ くあるのだ。しかし、それらはやはり大きな価値を持ちつづけているのだ』(
といっているが、この大きな価値を持ちつづけているすぐれた方法が忘れられてしまったわけ は、それにつづくギャラップのおなじ文章のなかに見出すことができる。
システムとしての間
あって、思い出される記憶と、思い出せない記憶の二つがあることを、私は、「変身の原理」 で説明した。脳の記憶のメカニズムはたいへん複雑で、それはまだ脳生理学でも十分に解明され ていないのだが、一応、その仕組みを見てみよう。
経験というのはひとつの刺激である。その刺激が記憶になるまでには、だいたいつぎのような 段階を経る
刺激を感じるのは、俗にいう「五感」である。 五感とは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚をい うが、こまかくかぞえればまだ多くの「感覚」があり、おなかが空いたとか、なんとなくけだ るく気分がよくない、とか、そういう身体の内部におこっていることを知ることもできる。つま り、われわれの身体の内部、外部におきていることがわれわれ自身にひとつの影響をおよぼす。 これが、「刺激」である。
こういう刺激があると、身体にある「感覚器」または「受容器」というものがこれに反応し
電気的パルスを送り出す。 たとえば、 赤い花があれば、そこから反射された光が目のレンズ を通して受容器としての視神経を刺激し、視神経がパルスを送り出す。 これはパルスであって、 刺激の強さが大きければその数がふえるだけで、電圧が大きくなるわけではない。おなじよう に、皮膚になにかが触れれば、皮膚にある受容器が圧力を感じ、その圧力に応ずる数のパルスを 神経に送りこむ 次頁の上図は、このような受容器のいくつかの例である。
さて、このようにして受容器にあたえられた

Q&A as a system
In “Principles of Metamorphosis,” I described some of the mechanisms behind W. Penfield’s discovery of the remarkable intellectual development of esoteric Buddhism. At that time, I explained, “Once you practice, your eyes become cameras, your ears become tape recorders, and once you see them, and once you hear them, you never forget them.” This is certainly true, but for this reason, some people seem to have accepted this method as a kind of memory enhancement method, a so-called memory technique. Due to the number of pages and other factors, it was not possible to fully explain it, and it was understandable, but if this technique is just a memorization technique, it must be said that it is worthless and trivial. For one cannot do a good job simply by having a good memory and a good memory. Mere knowledge alone does not enable him to leave behind outstanding achievements. The problem lies in how to utilize the vast amount of knowledge (information) we possess to create something new.
The difference between a good child and a good child
Gallup is
Sanna
It is a technology that should be improved. What is intelligence? Roughly speaking, there are two
Will. memory and creation. In addition to the mechanisms that perform these two functions, the Tokusōmei method adds a mechanism that is unique to her, and exerts new powers and effects.
If this technique were introduced into education, as George Gallup and Aldous Huxley say, the benefits to mankind would be unimaginable. Like Gallup’s man, humans could just leap hundreds of years into the future. With that said, you may wonder why such a wonderful technology has not appeared in the world until now.
There are several reasons why such a technology has been buried in a corner of Esoteric Buddhism temples, but the biggest reason is this.
It is strange that the good old method has been so overlooked. Moreover, there are many individuals, or cultures, who have developed very important skills that have since been completely forgotten. But they still have great value.”
However, the reason why this superior method of continuing great value has been forgotten can be found in the same Gallup passage that follows.
between as a system
I explained in “The Principle of Metamorphosis” that there are two types of memories: memories that can be recalled and memories that cannot be recalled. The mechanism of memory in the brain is extremely complex, and it has not yet been fully elucidated even in brain physiology, but let’s take a look at its mechanism.
Experience is a stimulus. Before the stimulus becomes a memory, it goes through the following stages.
It is commonly known as the “five senses” to feel stimuli. The five senses are visual, auditory, gustatory, olfactory, and tactile, but there are still many more “senses” if you count them in detail, and you can also know what is happening inside your body, such as when you are hungry, or when you feel sluggish and unwell. In other words, what is happening inside and outside our bodies has an effect on us. This is the “stimulus”.
When there is such a stimulus, the “sensory organs” or “receptors” in the body react to it.
Sends out electrical pulses. For example, if there is a red flower, the light reflected from it stimulates the optic nerve as a receptor through the lens of the eye, and the optic nerve sends out pulses. These are pulses, and the greater the intensity of the stimulus, the greater the number, not the greater the voltage. Similarly, when something touches the skin, the receptors in the skin feel pressure and send out a number of pulses to the nerve corresponding to that pressure.
Now, given to the receptor in this way
供養会(くようえ) 成身会に描かれる諸尊が互いに供養し合う光景を描いている。

供養会(くようえ)
成身会に描かれる諸尊が互いに供養し合う光景を描いている。
供養会(羯磨曼荼羅)
成身会の37尊の相互供養の活動を表わした集会図。
●成身会の37尊を、各自の三昧耶形を蓮華の上に乗せて両手で奉じ持つ供養の姿として表現した集会。
●五仏以外は女尊の姿(侍女が着ける羯磨衣=長袖)で描く。
●四神は蓮華に、外郭内の四神・四摂の間に賢劫十六尊。
供養会=ヴィシュダーチャクラの開発訓練
甲状腺、副甲状腺、唾液腺の属する重要なチャクラである。
C 超能力の完成
前に述べたように、自動車のアクセルにたとえられるはたらきをし、このチャクラが開発され と、体内の毒素がことごとく浄化されいつまでも若さを失うことなく、生き生きとした活動力 を保ち、多くの人びとのためにはたらいて社会大衆から愛されるようになる。
金剛界曼荼羅では、秘密供養の観法が説かれている。この法によって無尽無限の供養奉仕の力 と富を獲得し、社会大衆のために奉仕供養するゆえに修行者もまた、社会大衆より敬愛せられ、 和合のを得るとされる。すなわち、修行者のほっするままにいかなる人でも和合し、財物 またのごとく召され、集まってくるようになるのである。 人を集め、物を集めて大事業を 成就する力を身につけるチャクラである。

大黒天
大黒天

大黒さん と エビスさん
大黒さんとエビスさん

仏説一切如来金剛寿命陀羅尼経 All Tathagatas in Buddhism Vajra Life Dharani Sutra
仏説一切如来金剛寿命陀羅尼経


このように私は聞いた。
ある時、仏はガンジス川のほとりにおいて、多くの僧侶および偉大な菩薩と無量の天的存在と人と大衆と共におられた。
その時、世尊は毘沙門天らの四天王(毘沙門天・増長天・持国天・広目天)に向かって次のようにおっしゃられた。
「四つの法則がある。大いに畏れ敬うべきである。
男や女、男女の子供をはじめ、すべての生きるものは、この法則から免れることはない。
それはいわゆる生老病死(しょうろうびょうし)である。
特にこの中において、ひとつの法則が最も悩みを引き起こし、それを退けることは困難である。それはいわゆる死の怖れである。
私はこのことを哀れんで、それを退ける教えを説こうと思う」。
その時、四天王は仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。私たちは今日、大きな幸いを得ました。
ただ願わくは世尊よ。人々のためにその教えを説かれますことを」。
その時、世尊は御顔を東の方角に向けて指を鳴らし、すべての如来を招集され、次のように誓いの言葉を述べられた。
「あらゆる方角におられるすべてのこの上ない悟りを得られた如来たちよ。人々のために悟りを明らかにされる方々は、みな私を助けてください。
今、私はすべての如来の威神力(いじんりき)をもって、すべての人々から命を奪う業(ごう)を変えて寿命を延ばさせましょう。
私は今まで、まだ人々のためにこの教えは説いておりません。今、まさに教えを説いて、人々の肉体の寿命の力を増し加え、思いがけず死んでしまうことの怖れを持つことのないようにさせましょう」。
このように、東の方角ばかりではなく、南、西、北、北西、南西、南東、北東、上、下の方角のすべての如来を招集して同じように誓われた。
この時、仏の目で見ることのできるあらゆる世界から、すべての如来が赴いて来て集まられ、空中を満たした。その数はまるで塵の数のようだった。
その時、すべての仏たちは、人々に霊的力を与えるために、異口同音に、『一切如来金剛寿命陀羅尼(いっさいにょらいこんごうじゅみょうだらに)』を次のように説かれた。
「たにゃたしゃれいしゃらしゃれい みなていそばさちけい しゃきゃらげらじはらしゃまんど さるばろぎゃ さるばさたばなん あだたいくだたいまかだたい しゃれいしゃれい けいまぎょうりけいまにきさんにけいましき きょうらびきょうらめい けいくらびくらりくまち びしゃまにまに しゅしゅびばあしゃれいみしゃれい まびらんばこもうこもう おんばさらゆせい そわか」
All Tathagatas in Buddhism Vajra Life Dharani Sutra
Thus I heard.
One time the Buddha was on the banks of the Ganges River with many monks, great bodhisattvas, countless celestial beings, people and masses.
At that time, the World Honored One addressed Bishamonten and the four heavenly kings (Bishamonten, Zochoten, Jikokuten, Komokuten) and said as follows.
“There are four laws, which should be greatly feared and revered.
All living things, including men, women, and children of both sexes, are not exempt from this law.
This is the so-called birth, old age, sickness and death.
Of these, one law in particular causes the most trouble and is difficult to dismiss. It is the so-called fear of death.
I pity this thing, and I will preach a doctrine against it.”
At that time, the Four Heavenly Kings said to the Buddha:
“World Honored One, we are blessed with great fortune today.
I just wish, my dear one. May you preach his doctrine for the sake of the people.”
At that time, the World Honored One turned his face to the east and snapped his fingers, summoning all the Tathagatas, and said the following vows:
“All supremely enlightened Tathagatas in all directions.
Now, with the mighty power of all Tathagatas, I will change the karma that takes away the lives of all people and extend their lifespans.
I have not yet preached this doctrine for people. Let us now preach the doctrine to increase the strength of the life of the human body so that people will not be afraid of dying unexpectedly.”
Thus, not only the eastern direction, but all the Tathagatas in the south, west, north, northwest, southwest, southeast, northeast, upper and lower directions were summoned and vowed in the same way.
At this time, all the Tathagatas from all the worlds visible to the Buddha’s eyes came and gathered together to fill the air. The numbers were like dust.
At that time, all the Buddhas unanimously preached the Issai Nyorai Kongo Jumyo Dharani in order to give people spiritual power.
“Tanyasha Reisha Sachikei Minatei Soba Sachikei Shakyarageraji Hara Shamand I’m sorry to say that I’m sorry, I’m sorry, I’m sorry, I’m sorry.
大日如来
大日如来(、サンスクリット語: Mahāvairocana[1])は、真言密教の教主である仏であり、密教の本尊

大日如来
すべての生き物の根本となる仏

大日如来(だいにちにょらい)とは?
大日とは「大いなる日輪」という意味です。太陽を司る毘盧舎那如来がさらに進化した仏です。密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。また、すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、釈迦如来も含めて他の仏は大日如来の化身と考えられています。
大日如来には悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界大日如来と、無限の慈悲の広がりを象徴する胎蔵界大日如来という2つの異なる捉え方があります。金剛とはダイヤモンドのことを指し、智慧がとても堅く絶対に傷がつくことがないことを意味しています。また、胎蔵とは母親の母胎のようにすべての森羅万象が大日如来の中に包み込まれている様を意味しています。この2つが揃って大日如来を本尊とする密教の世界観が出来上がるのです。
ご利益
現世安穏、所願成就。また、未・申年生まれ守り本尊です。
大日如来(だいにちにょらい)の像容
本来、如来は出家後の釈迦の姿をモデルとしているため装飾品は身に付けていませんが、大日如来だけは別格で豪華な装飾品や宝冠を付けています。また、螺髪(らほつ)ではなく、髪を結い上げています。
金剛界、胎蔵界の姿でそれぞれ印の形が違います。金剛界の大日如来は、左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で包みこむ智拳印の印相をしています。一方、胎蔵界の大日如来は、腹の前で両手の全指を伸ばして組み合わせる定印です。
