トが社会に先行するのであって、もしも、近い将来、超人類社会が出現するとすれば、その前に
まず超人類が出現せねばならない。ヒトのいない社会というものが考えられないと同様、超人類
のいない超人類社会というものはありえない。 してみると、「超人類社会」出現を説く 市川理論
の前に、まず、「超・ヒト、ホモ・エクセレンス」出現を説く桐山理論がどうしても無ければな
らないのである。
セサリー
いや、いま私は桐山理論といったが、それは単なる理論ではなく、すでにその理論にもとづ
く「技化」が発見されているのである。その技術が完成されているのである。
「変身の原理」で、私は、密教はたんなる宗教、信仰ではなく、未来社会が要求する精神
科学であるといった。その論拠はここにあるのである。市川氏によれば、未来社会は、サナギ化
した現代社会が羽化して超人類社会』に昇華することによってのみ存在し得るという。ただ、
その現代社会がいかにして超人類社会に変革するかという技術が見あたらぬだけなのである。そ
の技術を教は持っているのだ。そういう技術を持つ宗教は密教以外にひとつも無く、そういう
技術を持、密教は、たんなる宗教、信仰ではなく、これこそあたらしい未来科学というよりほか
ないではないか。そうして、市川教授のいう「等価変換展開理論」こそ、私のこのことばを裏づ
けしてくれる女によりのものといってよいのではないのか?なぜならば、サナギが何度か脱皮
し、ついに羽化するメカニズムを、密教は全くその通りにとり入れ活用しているのである。い
や、それ以上のカニズムを密教は発見、活用して、うつ。
