オーストリアの精神科医ジークムント・フロイトが20世紀はじめに創設した、心を分析することで精神疾患を治療する方法です。頭に浮かんだことの全てをそのまま話す「自由連想法」を用いて、無意識の内容を意識化していきます。
フロイトが創始した精神分析療法はその後、弟子や多くの研究者、実践者たちによって理論や実践方法が発展し、「精神分析的心理療法」へと変化していきました。現在では、週4回以上の治療を行うものは「精神分析療法」、それ以下の頻度での治療は「精神分析的心理療法」と呼ばれています。
フロイトは、「意識」よりも記憶が豊富に蓄積されている「無意識」の働きを重要視していました。フロイトは無意識を「思い出したくない感情や観念の集まり」のことと捉え、意識と無意識の間を「自我」が調整していると考えました。
フロイトは最終的に、心が以下の3層からなるという「心的装置」と呼ばれる理論に辿りつきました。フロイトのこれらの考え方は精神医学だけでなく、心理学や社会学など、広い分野に大きな影響を与えています。
幼児期から抑圧されてきたものが蓄積されている領域。無意識的で、欲望や原始的な衝動のもととなる。快を求め、不快を避ける「快感原則」が支配する。
エスが生む原始的衝動に現実的な思考をはさみ、実際の行動とのバランスをとる領域。
親のしつけや社会のルールを心のなかに取り入れて形成された、道徳的な良心のこと。親が子にするように、超自我は自我を監視して制御する。
人間の健康や正常な精神は、外界における現実からのプレッシャーと、エスの強さとのバランスがとれているときに成立しています。外界で耐えがたい出来事が起こると、自我はその記憶を無意識下へ抑圧することで自分を守ろうとします。
フロイトは、無意識下に抑圧された感情や記憶が神経症などの精神疾患を引き起こすと考えました。このため自由連想法で無意識の内容を意識に戻し、認めて受け入れることで症状が軽減するケースがあることを発見したのです。
現代では、精神疾患の多くは脳の働きの変化により起こると考えられています。
両足の痛みにより2年以上前から歩くことができないエリザベートは、ある日自宅に往診に来たフロイトとの精神分析治療中に、亡くなった姉の夫である義兄の話し声が聞こえた瞬間に両足に激痛を覚えました。
このことに着目したフロイトはさらに分析を行い、エリザベートが姉の死を悲しく思うと同時に「これで義兄と結婚できるかもしれない」という思いを抱いたことに罪悪感を感じ、この思いを無意識下に抑圧していたことを突き止めます。葛藤の末この思いをエリザベートが認めて受け入れると、足の痛みは消失しました。
フロイトによる診断は「ヒステリー」です。ヒステリーとは感情や記憶を無意識下に抑圧することで体の機能に支障が現れる神経症の一種で、現代では「解離性(転換性)障害」と呼ばれます。
精神分析は、精神分析を行う専門家である「精神分析家」によって行われます。精神分析家の資格を得るには、医師や臨床心理士の資格と豊富な臨床経験があり、精神分析の徹底した訓練など、国際精神分析協会と日本精神分析協会が定める厳しい条件を満たす必要があります。
このため現在日本にいる精神分析家の数は少なく、40名ほどです。その多くは精神科医や臨床心理士です。
従来の精神医学では、精神疾患を原因により以下の3種類に分類してきました。
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外因性:外傷や疾患、薬物の影響などにより生じるもの
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内因性:原因が不明だったり、生まれつきの要因に環境因子が加わったことにより起こるもの。統合失調症や双極性障害(躁うつ病)など
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心因性:心そのものの不調により起こるもの。神経症など
フロイトの患者のほとんどは心因性の精神疾患を持つ患者でした。現在でも精神分析は通常、神経症やパーソナリティー障害など心因性の疾患に対して適用されます。神経症とはストレスから起こる精神疾患の総称で、不安障害や解離性障害、強迫性障害などの種類があります。
心的装置を基盤とし自由連想を利用して解釈を行う精神分析において、特に妄想をともなう内因性疾患は、症状の悪化や分析の続行の困難があり禁忌とされている場合が多くあります。
精神分析は精神疾患がない場合でも、不安や行き詰まりを感じている人や、小説家や芸術家のような創造的な仕事をしている人など、自分の内面を深く知りたい人にも適用が可能な場合があります。
しかし精神分析では、無意識下に抑圧されていた認めたくない感情や記憶を直視し、受け入れる勇気が必要となります。治療は数年間にわたることが多く、費用もかかります。このため精神分析を希望する人に対しては、治療開始前にまず、精神分析が適していることを確認するための面接が行われます。
精神分析家と治療を受ける人の間で、精神分析を行う上での約束事「治療契約」を結びます。治療契約では治療の場所や頻度、料金、守秘義務や、治療を受ける人は治療期間中に結婚や就職などの大きな決断をしないこと、治療中に生じた欲求を精神分析家に行動として向けないことなどを確認します。
治療を受ける人が寝椅子に横たわり、精神分析家は治療を受ける人の頭の後ろの、見えないところに座ります。約45分間、治療を受ける人が、頭に浮かんだことを何でもそのまま話します。
治療を受ける人は、意識化したくない感情や記憶が浮かんできそうになったとき、無意識のうちに治療を妨げる言動をとることがあります。この現象は「抵抗」と呼ばれ、頭に浮かんだことを話さなかったり、治療をキャンセルしたりするなどの行動が挙げられます。
また治療を受ける人が、両親や重要な人物に対する過去の感情を精神分析家に対して抱く現象を「転移」と呼びます。精神分析家も、治療を受ける人との関係性に自分の内面が動かされ、治療を受ける人に対して転移を起こすことがあります。これを「逆転移」と呼びます。
抵抗や転移、逆転移は、精神分析家が治療を受ける人の無意識下で起きていることを理解するための重要な材料となります。
治療を受ける人が話す内容や、抵抗、転移や逆転移などを手がかりに、精神分析家は治療を受ける人の無意識下で起きていることについて仮説を立て、治療を受ける人に伝えます。
治療を受ける人は、精神分析家の解釈を聞き、自分の無意識下で起こっていることを直視し受け入れることで、起こっていた問題の本質を理解します。これを「洞察」と呼びます。
解釈や洞察のプロセスにおいても、抵抗や転移、逆転移が起こることがあり、その都度これらの現象を再び解釈して洞察を深めていきます。このプロセスを「ワークスルー」と呼びます。
最終的には、治療を受ける人が無意識下で起こっていた問題について深い洞察を得ることで、現実の生活においても症状の軽減や考え方の変化などの結果が現れることが精神分析のゴールです。
精神分析は、1回45~50分間の治療を週1回~5回行います。ワークスルーに至るまでの期間は、数年間にわたることもあります。
精神分析は、東京と福岡にある精神分析センターで受けることができます。
また、精神分析家が所属する精神科などのある医療機関でも行われています。正規の資格を持った精神分析家を探すには、精神療法を行う、信頼のおける精神科医などに相談し、精神分析家を直接紹介してもらうのもひとつの方法です。
日本精神分析協会に所属する精神分析家は、以下のリンク先で確認できます。
医療機関によっては、上記で紹介した精神分析の流れとは異なる独自の療法を精神分析と称している場合もあります。まずは医療機関に問い合わせてみましょう。
精神分析はフロイトが考案した治療法で、無意識下に抑圧していた感情や記憶を意識化することで、抑圧から起こっていた精神疾患の症状の改善を目指すものです。20世紀はじめに創設された治療法ですが、現在でも世界中で行われています。
自分の心の中に何か引っかかるものがあり、それが自分の人生を妨げているような気がする場合は、精神分析が役に立つ可能性があります。ただし、治療の内容や費用、期間、予想される効果などを医療機関にしっかりと確認し、十分に納得した上で治療を受けることが重要です。