チャクラ覚醒の最極秘伝(小説風)
そう。
ここまでで、ムーラーグーラ、マニプーラ、アナーハタ――
三つのチャクラについては語り終えた。
この三つに関して言えば、すでに道は示した。
正しく修行すれば、もはや迷うことはないだろう。
だが、筆はそこで止まる。
わたくしは一瞬、硯の前で手を休めた。
この先を書けば、言葉は刃になる。
読んだ者の準備が整っていなければ、その刃は救いではなく、傷となる。
次に語るべきは、ヴィシュッダ、アージュニャー、そしてサハスラーラ。
人の声が消え、意念だけが動きはじめる領域。
身柱より上――脳へと及ぶ修行である。
ここから先は、危うい。
基礎を欠いた者が触れれば、力は成就せず、ただ歪みだけが残る。
訓練の体系そのものは、修行者が未熟であっても、
それなりの反応を引き起こしてしまうからだ。
――脳を痛める。
その可能性を、わたくしは否定できない。
もし奥儀篇を、この書と同時に世に出したならば、
性急な者は必ず飛びつくだろう
少なくとも一年半、あるいは二年。
この書を携え、脇目もふらず基礎実修に打ち込んだ者だけが、
ようやく次の扉の前に立つ。
そのとき初めて、
「この先を教えてもよい」
そう思える修行者が現れるはずだ。
……とはいえ。
ここまで読んだ真剣な者の中には、
胸の奥で、すでに声が生まれているだろう。
――アージュニャーから上は、いったい何が違うのか。
――意念を動かす媒体と方法が、どう違うというのか。
よろしい。
それでは、ほんの一端だけ、
ヒントという名の真実を置いておこう。
これは門外不出、一子相伝の最極秘伝。
本来ならば、決して文字にすべきではない。
だが、志ある者の灯を消さぬために、あえて語る。
チャクラ覚醒とは、単なるエネルギーの通過ではない。
確かに、エネルギー・ルートを築くことは不可欠だ。
とりわけ、アージュニャーへ至る道は、覚醒の鍵となる。
だが、それだけでは足りない。
覚醒には、叩く力が要る。
まず、修行者は自らのチャクラの正確な位置を知る。
それは書物では決して分からない。
導師の眼だけが、その場所を見抜く。
次に、その一点へ――
ある特殊な振動を叩きつける。
振動を運ぶための、まったく新しいルートをつくる。
それは既存の道と一部重なりながらも、
最終的には直接、チャクラへ至る。
そのために用いる「××」については、ここでは伏せる。
ただし、本書を真に読み込んだ者なら、
すでに気配を感じているはずだ。
そして――
振動を生む。
横隔膜、胸腔、腹腔。
身体という楽器全体を使い、特殊な震えを起こす。
最初は声を使う。
秘密のマントラによって、声帯を震わせる。
正しい振動が出せるようになったなら、
次は無音の訓練に入る。
音は消える。
だが、振動は消えない。
声帯は、外ではなく、内へ向かって鳴っている。
胸腔で共鳴し、
横隔膜を通して腹腔で増幅される。
最後に、その振動を、
準備されたルートを通して、
目的のチャクラへ――
叩きつける。
これが、アナーハタまでの覚醒法である。
アージュニャー、そしてサハスラーラでは、
様相はさらに変わる。
だが、ここまで来た者にとって、それは恐れるほど難しいものではない。
わたくしは、ここで筆を置く。
残りは、修行の中でしか語れない。
諸君の研鑽を、静かに祈ろう。
――そして、最後に。
古代インドには、ひとつの伝説がある。
それは伝説であり、同時に予言でもある。
世界が壊滅の淵に立つとき、
千人の賢人が現れ、地球を救うという。
彼らは選ばれし者ではない。
覚醒した者たちだ。
もしかすると――
この書を手にしている、あなたもまた、
その一人なのかもしれない。
