『釈迦如来 ― 真理を歩んだ王子』
遥か古の時代──
ヒマラヤを望む大地に、ひとつの小さな国があった。名をカピラヴァストゥ。そこに釈迦族の王子として生まれた少年は、やがて**「ゴータマ・シッダールタ」**と呼ばれる存在となり、後に世界中で「釈迦如来」として知られることになる。
少年の目に映る王宮の暮らしは、きらびやかであった。だがその心は、ふとした瞬間に現れる“問い”に深く揺れていた。
──なぜ人は老いるのか?
──なぜ病に倒れ、死を迎えるのか?
ある日、王子は城の外に出て、**「四つの門」**をくぐり、老い、病、死、そして修行者の姿に出会う。そこに人生の根本的な苦しみと、それに向き合う人々の姿を見た。
29歳の春の夜、彼はすべてを捨てて王宮を去る。家族の愛も、地位も、未来さえも背に置いて──。
山深くに分け入り、苦行の日々を送った。肉を削り、息を詰め、身体を極限に追い込んだ。だがその先に「悟り」はなかった。
ある日、川辺で倒れた彼に、ひとりの少女が乳粥を差し出す。その一杯の温もりが、彼に「中道(ちゅうどう)」の智慧を思い起こさせた。
そして彼は一本の菩提樹の下に坐る。
「私はこの座を離れない。たとえ肉が裂け、骨が砕けようとも──真理を得るまでは」
やがて夜が明けるころ、彼はすべての迷いを越えて、**「覚り(さとり)」に至る。35歳であった。
その瞬間、彼は「仏陀(ブッダ)=目覚めた者」**となった。
🌾 伝道と導きの旅
目覚めた者となった釈迦は、ただ静かに坐っていたわけではなかった。
彼は立ち上がり、旅に出た。苦しみの渦中にある人々を見捨てることはできなかった。
最初に訪れた地はサールナート。かつて共に修行した5人の仲間に向けて、初めての説法を行う。
それは**「初転法輪(しょてんぽうりん)」**と呼ばれ、仏教の核となる教え──「四諦(したい)」と「八正道(はっしょうどう)」──が語られた。
その教えはやがて、多くの人々に広がっていく。
身分も、性別も、階級も越えて、彼は誰にも等しく道を説いた。
比丘(出家僧)も比丘尼(尼僧)も生まれ、ひとつの「教団=サンガ」が生まれた。
彼は説いた。
「この世は縁によって成り立つ。すべてはつながりの中にある」
彼は導いた。
「苦しみを終わらせる道がある。その道は、誰にでも歩める道だ」
そして彼は、言葉と沈黙をもって真理を伝える実践者として、人々の心の中に生き続けていった。
🌸 涅槃(ねはん)への旅路
80年の生涯の終わり、釈迦は静かに横たわる。
クシナガラという町で、サーラ樹の下に頭を北に向け、右脇を下にして寝るその姿──それを人々は**「涅槃像」**として後世に刻んだ。
その最期の言葉は、今もなお多くの者を照らす光である。
「自らを灯火とせよ。法(ダルマ)を灯火とせよ」
釈迦は、神ではなかった。
人として生まれ、人として苦悩し、そして自らの内なる光によって「仏」となった存在。
だからこそ、私たちもまた、その教えの道を歩むことができる。
釈迦如来──それは、「人が仏となることが可能である」という、永遠の証明なのだ。
