《西方十万億土の彼方 ― 極楽浄土の光》
その瞬間は、まるで夢から醒めるようだった。
重く閉ざされた瞼が開き、信成は静かに目をひらいた。見渡すかぎり、柔らかな光が辺りを包んでいた。そこには苦しみも、寒さも、飢えもない。ただ、あたたかな風と、やさしい音が、どこからともなく響いていた。
「……ここは……?」
信成が目にしたのは、まばゆいばかりの蓮の大地。金色の砂が敷かれたその土地には、無数の蓮華が咲き誇り、空には七宝の楼閣が浮かんでいた。池には清らかな八功徳水が湧き、水面には光が踊るようにきらめいている。
その池の名は七宝池(しっぽうち)。
香り高い水は、触れる者の心を洗い清め、どこまでも澄んでいた。
空には鳥たちが舞い、その羽音が仏法の言葉となって降り注いでいる。カラヴィンカ、共命鳥、孔雀……どの声も、心に深くしみわたるような、やさしい調べだった。
そのとき――
空のかなたから、光が射した。
金色の輝きの中から、一人の仏が歩み出てくる。胸に慈悲をたたえ、眼差しはすべてを包み込むように深い。
その姿を見たとき、信成は跪いた。
涙が、自然と頬を伝う。
「……阿弥陀如来……」
仏は、微笑んだ。
声はなかったが、心に直接響いてくる。
「そなたは、名を呼んだ。ゆえに、ここへ来た」
信成は、何も言えなかった。ただ、静かに手を合わせ、頭を垂れた。
あの日の念仏は、無駄ではなかったのだ。名もなき旅人の声すら、阿弥陀如来は聞いておられた。
ふと顔を上げると、彼の隣に、かつての家族の面影があった。母が、弟が、そして若き日の妻が、同じく蓮の上に立ち、微笑んでいる。
「……おかえりなさい」
その一言に、信成はもう何も問わなかった。
極楽とは、かつて求めていたすべてが、慈悲という光の中に還る場所だった。
阿弥陀如来の背後には、観音菩薩と勢至菩薩が立ち、そのすべての光景を、やさしく見守っていた。
ここは、無量光と無量寿の国。
迷いも苦しみも越えた、安らぎの世界。
そして、あらゆる衆生が、ただ念仏一つをもって迎えられる――真実の浄土である。
