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鬼子母神【きしもじん】は、かつて恐るべき存在であった。無数の子を持つ彼女は、飢えを満たすために他人の子をさらい、その肉を喰らった。彼女の噂は広まり、人々は恐れおののき、悲しみに暮れた。

それを見かねた釈迦は、鬼子母神が最も愛していた末子、ピンガラをそっと隠した。愛しい我が子が忽然と姿を消したことで、鬼子母神は半狂乱となり、世界中を七日七晩駆け巡った。しかし、いくら探してもピンガラの姿は見当たらない。ついには耐えきれず、彼女は釈迦のもとへ助けを求めに行った。

釈迦は彼女の嘆きを静かに聞き、やがてこう諭した。

「お前は多くの子を持ちながら、たった一人の子を失っただけでこれほどまでに悲しんでいる。それならば、たった一人の子を奪われた親の悲しみはいかばかりであろうか。」

その言葉に鬼子母神は衝撃を受け、初めて自らの行いがどれほどの苦しみを人々に与えていたのかを悟った。彼女は釈迦にひれ伏し、教えを請うた。

「戒を受け、人々を脅かすことをやめなさい。そうすれば、すぐにピンガラと会えるであろう。」

釈迦の言葉に従い、鬼子母神は三宝に帰依し、子を奪うことを誓ってやめた。すると、釈迦は隠していたピンガラを優しく抱え、彼女のもとへ戻した。愛しきわが子を腕に抱いた彼女は、涙を流しながら誓った。

「これからは仏の教えに従い、子供たちの守護神となります。」

その後、鬼子母神は五戒を守り、飢えを満たすために施食を受けることを学んだ。そして、彼女は安産や子供の健康を願う人々に祀られる神へと変わっていった。

インドでは、子授け、安産、子育ての神として信仰され、日本においても密教の隆盛とともに鬼子母神を祀る習慣が広まった。その姿は、天女のように美しく、子を抱え、右手には吉祥果を持つものとされている。

時が流れ、鬼子母神の信仰は現代にも受け継がれている。ある教祖は、世に溢れる水子たちの霊が無念を抱え、時に悪しき影響をもたらすことを憂い、人型供養として水子托鉢行を無償で行うようになった。

「霊の存在は形を持たぬゆえに証明はできぬ。しかし、世の平安を願い、供養をすることは意義あることなのだ。」

その言葉とともに、人々の信仰は今も息づいている。

 

 

 

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