それはどのように修せられるかというと、一つの特徴として、一旦、定に入ると、外界になにが 起こってもそれに気がつかないのである。かれはこころの深奥においてべつな次元のものと結合し ているので、一切の感覚器官は内奥に向けられており、いかなる外界の出来ごとにも感応しないの
「昔、修行者アーラーマ・カーラーマは大道を歩んでいたが、道からそれて、ほど遠からぬとこ ろにある一樹のもとに、昼の休息のために座し、しばらくして定に入った。そのとき、 隊商の五百 台の車がアーラーマ・カーラーマの近くを通り過ぎた。 そこで、かの隊の車の後につき従って行 った一人の男が、アーラーマ・カーラーマに近づいた。近づいてから、アーラーマ・カーラーマに このようにいった。
『尊い方よ、五百台の車が通り過ぎたのを、あなたは見ましたか?』
「友よ、わたくしは見ませんでした』
では、尊い方、音を聞きましたか?』
「友よ、わたくしは音も聞きませんでした』
「では、尊い方よ、あなたは眠っておられたのですか?』
『友よ、わたくしは眠っていたのではありません』
「では、尊い方よ、あなたは意識を持っておられたのですか?』
友よ、その通りです」
三つの明知とは、
『それでは、尊い方よ、あなたは意識を持っていて、覚醒しておられても、五百台の車が近くを 通り過ぎたのを見られもせず、音を聞かれもしなかったのです。尊い方よ、あなたの上衣は (いっぱい) 塵におおわれていますね」
友よ、その通りです』」 (Digha-Nikaya, 130)
ところが、仏陀の定はそれ以上であった。 電光が閃き、雷電がとどろいて、二人の農夫と四頭の 牛が殺されたけれども、定に入っていた仏陀はそれに気がつかなかった。そこで、アーラーマ・カ ーラーマの弟子ブックサは感嘆していった。「ああ、実に不思議なことです。ああ、実に稀有なこ とです。ああ、実に出家者が心静かなすがたで定にし、実に意識を持っていて覚醒していな がらも、天が雨降らし、天が雷鳴し、電光閃き、雷電が裂けたとき、それを見ず、音をも聞かなか ったとは」 (Digha-Nikaya 132)
この瞑想法は、智慧の行とあわせおこなわれなければ効がないのである。効がないだけではなく、 有害な現象を起こすことがしばしばある。 その理由はまたあとで述べよう。 この瞑想法の一部の技 法が現代においてもおこなわれているが、かれらは智慧の行を知らぬため、効をあげ得ず、かつ、 いろいろな障害を克服できずにいる。
さて、智慧の行と、このシャマタ・ビバシャナの法により、修行は完成する。修行が完成すると、 「三つの明知」を体得する。
前世のありさま(とそこから生ずる現世における運命)を知ること(宿命通)
である。
死後の世界を見通すこと(すなわちこの次の生命の状態を知る) (天眼通)
生存の尽きてなくなることを確認する (完全に人間としての因縁を解脱し、涅槃に入る智を持
つ、聖人のみが持つ通力とされる) (福尽通)
しかし、ある場合には「三つの明知」として他のものをかぞえている場合もある。
仏陀の弟子であって三つの明知をそなえ、神通を得、他人の心のありさまを知り、
のけがれなくなった尊敬さるべき人は多い」
これは、後世の仏教語でいうと、1神足通と2他心通と編尽をあげているわけである。 世 においては、前にあげた三明知とこの三明知と(福尽通は重複) これに「天耳通」をくわえて「六 「大神通」という通力になった。
いずれにしても、仏陀の教団において修行を「完成した人」はすべてこういう超常的能力を持つ ようになったのである。このような能力は実際に当時の苦行者や修行者が大なり小なり具現してい たものであり、それらは仏教が究極的に目ざす『涅槃』そのものではないが、そこに到達するため にはぜったいに必要な力だったのである。
仏陀自身は「偉大なる苦行者」 「偉大なるヨーガの達人」としてそういう修行を完成しており、 を慕って集まってきた修行者たちは、仏陀のそういう修行の指導を期待したであろうが、それ 修行者たちの機根や素質は千差万別であり、仏陀はその差異に応じてあるいは教えを説き、ある いは修行の方法を指導したであろうと思われる。
だれにでも理解されやすい平易な教理や生活上の実践が、比較的能力の劣った弟子たちのために 説かれ、そうしてそういう弟子たちは多かったであろう。(八正道はそういう弟子たちに説かれた) 言葉では表現できぬ高度な方法は、ごく少数のすぐれた弟子たちにうけつがれたであろう。
では、その高度な方法はどうなったか?
それはずっとはるかのちに、仏陀のこの修行法を完全に理解しマスターし、同時に、文字による 表現の才能をあわせ持つ三人の天才があらわれるまで、世の表面から隠れたまま静かに流れつづけ ていたのである。
では、三人の天才とはだれであろうか?
それは、ナーガールジュナ(樹。 紀元一五〇~二五〇。のちに中観哲学とよばれた「空」の思想体系 づけた始祖中観)、アサンガ(無着。紀元四、五世紀 唯識思想を大成した人あるいは行 それに空海の三人である。
ナーガールジュナは『涅槃」を「空」としてとらえたのではない。涅槃にいたる「方法」を「空」 という面からとらえ示したのである。同じようにアサンガは「識」の面から涅槃に到達する方法を 示したのである。
では空海は『涅槃』をどうとらえたか。この天才はずばり「即身成仏」ととらえたのである。
ところで、いま、仏陀の教示した涅槃を、ナーガールジュナは「空」、アサンガは「空海は 「即身成仏」としてとらえたといったが、この三者の中で、仏陀の説く「涅槃』に最も近いものは 空海の即身成仏であろう。 最も的確にとらえているというべきだろう。ただし、空海のこの把握の 背景には『大日経』の出現がある。
といったほんきよう
「空」と「唯識」はそれぞれ中観派と瑜伽唯識派という二つの学派を生じたが、 七世紀の半ばに いたって、この二つの学派は融合し「瑜伽行中観派」となって『大日経』という後期大乗経典を 生んだ。そのなかだちをしたのが『勝』『大般涅槃経』などの如来蔵経典、あるいは唯識系中 大乗経典の『解深密経』であった。この時点で、仏陀の「秘密の教説」は世に出なければならぬ 機運をむかえたのである。
間もなく『金剛頂経』があらわれ、『大日経』とともにこの二つの経典はあらためて「密教経典」 という名で呼ばれることになった。この二つの密教経典の出現から間もなく『カマラシーラの修習 次第』がチベットで編まれた。空海が渡唐するわずか五十年ほど前のことである。 『カマラシーラ 修習次第』 真言宗密教のかかわりについて言及するひとはあまりいないが、これは、空海がシ ナから伝えた『阿字観』の原書ともいうべき重要な書であるとわたくしは見ている。(これについ てはまたべつな機会に筆をとる)
空海こそは、仏陀の秘密教説を世に出すための最も天運にかなった天才だったといえるであろう。
十一 アサンガの現身説法
かぼすぽんず ほうし でん
五四六年に中国に渡って、 『倶舎論』や、唯識如来蔵思想系の論書かず多く翻訳した西イン ド出身の僧パラマールタ(真)の著した『婆豆法師伝』には、ヴァスパンドゥの伝記ととも に、その兄アサンガの伝記も語られている。 それによると、アサンガは、インド北西境ガンダーラ 国のブルシャプラ(現在の西パキスタン、ペシャワール)に住む門カウシカの三人の子の長男に生 まれた。次男がヴァスバンドゥで、末子はヴィリンチヴァッサと名づけられた。 この末子について は、説一切有部(上座部系)において出家し、のちに阿羅漢になったという以外しるされていない。 アサンガはすぐれた素質にめぐまれ、かれも僧院仏教である説一切有部において出家し、定を めて間もなく欲望を離れた境地に達することができた。 しかし、かれは「空」の教理を理解し得ず、 絶望のあまり自殺をはかった。その時、東方のヴィデーハ国から来た阿羅漢ビンドーラ(賓頭) が、かれに小乗の空観を教えたので、かれはそれを実して、直ちに修得することができた。それ でもアサンガは満足できず、すでに体得した神通力によって兜率天にのぼり、そこに住むマイトレ ヤ菩薩に教えを乞うた。 マイトレーヤ菩薩から大乗の空観を教えられたアサンガは、再び地上に もどって、教えに従って悪し、やがて空の教理を悟ることができた。かれが思惟するとき、大地 六種に異動したという。
サンガはその後もしばしば兜率天にのぼってマイトレーヤに大乗経の教理をたずね、地上にも
どって人々に教えられたところを伝えたが、人々はその教えを信じなかった。そこで、かれは、マ イトレーヤにみずから地上にくだって大乗を解説し、人々に大乗の信を起させることを願った。 そ の願いをいれたマイトレーヤ菩薩は、中天竺阿陀国(現在の中インド Ayodhya, Faizabod) の大講 堂にくだり、夜ごとに大光明を放って、多くの聴衆を前に『十七地経』を出し、その趣旨を解説 した。その状景を、原書では、「有縁の大衆同じく一堂に会し法を聴き弥勒に近づくことを得るも、 見ることわざるあり。 或いは光明のみを見て相好を見ず教授を聞かざるあり。或いは相好を見る 法を聞かざるありと伝う」とある。
こうして夜はマイトレーヤの説法を一同で聞き、昼はアサンガが説法の内容について人々に解説 することがつづけられ、四か月かかって『十七地経』の説法は完了した。その結果、人々は大乗の 教えを信ずるようになった。アサンガはさらにマイトレーヤから日光三味を教えられて、それを 得し、その後は従来理解することができなかった教義をことごとく理解し、見聞することをよく記 して忘れないようになった。晩年のアサンガは、弟のヴァスバンドゥが小乗を信じて大乗を しているのに心を痛め、病にことよせて弟をアヨーデイヤーから呼びよせ、大乗の教義を説いて弟 大に誘引した。
以上が、『藪豆法師伝』にあらわれるアサンガの伝記の略であるが、アサンガが兜率天に のぼって、そこでマイトレーヤ菩薩から『瑜伽師地論』 その他の教えを授けられたことは、チベッ 伝にも語られている。また、アサンガ自身、当来仏(将来仏位をつぐ者として天にいる菩薩で
あるマイトレーヤから『瑜伽師地論』を聴講したと記し顕
ンドゥも、アサンガがマイトレーヤに事したと述べている。大論』帰敬) マイトレーヤとアサンガについてはむかしからいろいろな説がある。 マイトレーヤという名の実 在人物が数人いたという説、それが信仰上のマイトレーヤ菩薩(赤菩薩と混同したのだという 解釈、あるいはアサンガが弥勒菩薩の霊を受けて執筆をしたという説など、むかしから学者の間 論争されてきた。わたくしはいずれをもとらない。弥勒菩薩とアサンガとは同一人物で、弥勒菩 薩の説法は、アサンガが弥勒に変身して説法した「現身説法」であるとわたくしは断定する。この 技法がのちに空海につたわって、空海の「即身成仏」となってあらわれるのである。
仏陀ナーガールジュナーアサンガ 空海とつづく密教のこの特殊な技法の流れの経緯は、 またべつな機会に筆をとろう。
十二ー仏教復興運動としての密教
ナーガールジュナ アサンガと流伝して、空海にいたって大成した仏陀の秘密教説は、空海没し ここに一千二百年、時代の変化は、天才空海の確立した法に、きびしい変革を迫っている。
教はどのように変革されねばならぬか? わたくしは、密教の実践指導者としてわたくしなりの一 つの方向を本書で示した。それは、密教を以て世に立つ者として、だれしも一度は果たさなければ ならぬ義務であると感じたからである。
科学と技術の発達によって、物質的な能力を無限に拡大してきた人類は、いまや、科学と技術に 対する制御力を全く失った。科学と技術の持つパワーが、人間の持つパワーをはるかに超えてしま ったのである。このままでは、遠からず人類は機械の一部として生存をつづけることになろうと危 供されている。 人間の回復は能力の回復でなければならぬ。人類の持つパワーをはるかに超えてし まった科学と技術を確実に制御する、 あたらしい高度の力を人類はすみやかに身につけねばならぬ。 それなくしていくら「愛」を説き慈悲」を叫んでも、所詮は自己満足の域を脱せず、結局は口舌 の具に過ぎない。愛と慈悲を叫びつつ人類はすさまじい機械と技術と環境破壊の嵐の中に散り散り に散ってゆかねばならぬのか。
そうではないのである。
このとき、人間のワクを破るための、的確なシステムを持つ密教の再発見がある。これこそ、人 類の未来をきりひらくための唯一の宗教でなければならぬとわたくしは確信する。しかし、そのた めには、密教は一千年まえの古代仏教から脱皮せねばならない。このままでは、密教は、古代仏教 における一つの伝統形式として、過去の歴史の中に埋没してゆくよりほかないであろう。
このわたくしの考えかたを、あるいは、あまりにも便宜主義・能力主義であるとして、反発、批 難されるかたもおられるかも知れない。
わたくしは、密教を決して能力開発の面からのみ見て、これを便宜的に利用しようとしている のではないのである。また、密教を、ただたんに密教として説き布教しているのではないのである。 仏陀の根本教説の復興運動としての密教布教活動なのだ。
いままでにわたくしの述べてきたことをもう一度思い返していただきたい。
大乗仏教成立のあとをうけて密教が登場したのは、行法を欠いた仏教を是正するための仏教復 興運動であった。
その第一次復興運動の推進者はアサンガであった。 ナーガールジュナは、どちらかといえば理論 面における完成者であり、方法を完成に導いたのはアサンガである。
第二次の復興運動は、日本において空海がそれをなした。余談だが、わたくしは、空海をそのよ うに評価する。わたくしは、空海を、その宗門のひとびとがなしているように、単なる日本真言宗 密教の創始者としてあがめているのではない。 仏陀の根本仏教の第二次復興者として高く評価する のである。もっとも、空海自身はそれを意識せずにしたのであろうけれど。
しかし、この空海の仏教復興も、鎌倉時代にいたって、ふたたび大乗仏教教団にとってかわられ てしまった。歴史的にいうなら、これは仏教の後退である。なぜなら、『法華経』『無量寿経』を主 とする在家仏教教団にとってかわられてしまったからである。以来、密教は傍におしやられ、そ の位置に甘んじたまま、今日にいたった。
現在、日本仏教の主流は鎌倉仏教であり、それは重ねていうが、修行法を欠落した大衆部系の をよりどころにした仏教である。決して仏陀の正統な仏教とはいえない。
仏陀の行法を中心に編成された密教が、いまこそ出現しなければならぬ時期である。
第三次仏教復興運動としての密教の登場を、わたくしは叫んでいるのである。密教が仏教の主流 になることが仏教史的にいっても正しいのである。
である。
とはいえ、わたくしは、決して大乗仏教をいたずらに批難話しているのではない。 大乗仏教の 唯一の欠点は修行法を欠落していることである。しかしそれは密教にある。密教の修行法を、 大乗 仏教はとり入れればよいのである。そうしてそれはすでに上代において、賢明なる中観派、瑜伽 識派の大先輩たちがなしていることをひとびとは知らねばならない。(中観唯識派の成立)
すなわち、『法華経』の教義に密教の修行法をとり入れて成ったのが『大日経』であり、「胎蔵界 法」である。
『華厳経』の思想に密教の修行法をとり入れて成ったのが『金剛頂経』であり、「金剛界の法」
たいへん大雑把ないいかただが、これは決して間違いではないと確信する。
密教法を中心に、大乗の教えがあまねく地上全土にひろまってゆくすがたこそ、仏陀の根本教 説のまことのありかたであり、それが娑婆即浄土の実現であると確信し、その実現にわたくしは身 命をささげているのである。意のあるところを汲みとっていただければ幸甚である。
