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火の呼吸とチャクラの伝達系

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わたくしは、昼夜の別なくトレーニングを進めているうち、しだいに、自分が、真言密教の真髄 に近づきつつあることを感じた。いまだかつて密教の指導者のだれもが気づかなかった秘密の技術 に迫りつつあることを知った。

火の呼吸とチャクラの伝達系

わたくしはそれを完成することができた。

それにはいくつかのがあった。

先ず第一に、ヨーガを身につけていたことであった。

ハタ・ヨーガの倒立(頭による逆立ち)が、先ずわたくしの首を強きわまるものにしていた。わ たくしは二十数年間毎朝三〇分の倒立をしてきた。 これは倒立の限界である。 倒立したまま、しば しばわたくしは眠ったほどこの技に熟達している。 結核体質で幼少から首が細かったわたくしは、 倒立で、三十歳代に首の周囲が一・五インチも拡大した。 これがどれほどわたくしの発声器官を強 大にしたことか。

また、十数年にわたる寒中の滝行も、わたくしの腹筋と発声器官を強くしていた。はじめて滝に 入ったとき、二日目に声をつぶした。 滝に打たれながら、全身の力で読経し、真言をする。 一か 月間、まったく声が出なかった。 こういう経験を十数回くりかえした。いまでは、どんな大きな滝 でも、わたくしの声を消すことはできない。

しかし、 クンダリニー・ヨーガの修行をしていなかったら、おそらく、それ以上のこころみは全 メドが立たなかったろう。 クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発は、特殊な呼吸法に秘訣がある。 それと、チャクラ周辺の筋肉のバイブレーションだが――。 先ずその呼吸法が役に立った。 ざっと説明してみよう。

音声というものは、呼吸と発声と共鳴の三つから成り立つ。そのいずれも同じ程度に重要である。 発声は そのものであり、共鳴はその振動を倍加させ、振動の力を増強するものであり、呼吸はその両者の原動力である。

ところで、クンダリニー・ヨーガの呼吸法は、「火の呼吸」とよばれるように、フイゴの如く強 く激しい。これが、発声と共鳴の原動力として、どれだけ強力に作用するか、想像以上のものである。

火の呼吸、発声、共鳴の三つの要素を完全にはたらかせるためには、からだ全体を強化しなけれ ばならないが、とりわけ、強い肋間筋と腹筋、それに頑丈な横隔膜が必要である。

わたくしは、さきに、ムラダーラと、マニピューラの二つのチャクラを完成しかけていたと述べ たが、肋間筋 腹筋 横隔膜は、実に、ムラダーラとマニピューラの両チャクラが支配しているの である。この二つのチャクラを目ざめさせたら、この三つの器官はどのようにでもはたらかせるこ とができるのである。それまでにこの二つのチャクラを完成しかけていたことは、まことにと いうべきだった。

呼吸法と発声が完成したら、つぎに独自の共鳴腔をつくりあげなければならない。

音声の共鳴は、喉腔をとりまく骨組みの付加運動のはたらきによる。つまり、頭部の中の、腔と 振動によって共鳴をつくりあげるわけである。 それは、練習によってだれにでもできるように なる。上手下手の別はもちろんあるが――。 だが、わたくしの場合はさらに特殊な工夫が必要であ った。というのは、その共鳴を、自然の法則に反して内部にとり入れなければならなかったからで ある。

生物の発声器官は、すべて、外部に向って音声を発するように出来ている。 わたくしはそれを内 部に向ってしようというのである。思いもよらぬことであるが、ついにわたくしはそれをなし得る ようになった。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。

発声させ腔内で共鳴させた真言の振動を、脳の深部に送りこむ作業は、マニピューラ、 スヴァジスターナ アナハタ、の各チャクラの力を借りなければぜったいに出来ないのである。思 いきって、わたくしの完成したこの秘密技術の一部を洩らすことにしよう。 喉腔内でつくりあげた 共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送りこむことはできないのである。それはぜったいに出来ない。 わたくしは、何百回、何千回とくりかえしたあげく、ついに不可能とさとった。それは生体の法則 であるのだろう。ではどうすればよいのか?

最後にやってみたわたくしのこころみが成功した。 その振動を、いったん下部のマニピューラ・ チャクラに伝えこれと共鳴させるのである。そうして、チャクラのバイブレーションとしてスヴァ ジスターナ アナハタとつづくチャクラの伝達系を通じて脳のチャクラに送りこむのである。というのは、チャクラというものは個々別々に独立して存在するのではなく、すべて密接に連結してい るものだからだ。この技法を使わないかぎり、声の振動を脳の深部に送りこむことはぜったいにで きないのである。それは、音(振動)をそのまま遠くへ伝達することはできないけれども、電流の バイブレーションに変えて電線を通じれば、どんなに遠方にでも届くということに似ているといっ たらよいであろう。

求聞持脳の目ざめと異常体験

わたくしのねらいは間違っていなかったのである。この特殊な真言説の技術は、 求聞持法成就 にかくじつにつながるものだったのである。やがてわたくしはこの法を成就するのだが、成就した 瞬間にどういう現象が起きるか、それについては、さきに、『密教・超能力の秘密』に書いたので、 ここには述べない。興味あるかたはそれを読んでいただきたい。ともあれ、わたくしは求聞持法成 就の道を歩みつつあった。それはひとつの異常な感覚が目ざめつつあることでわかった。 「どんな感覚か?
環境に異常に敏感になってきたのである。

わたくしが、求聞持法を修して、自分が狂気したのではないかと疑ったのは、この時が最初で
全く落ち着いていられなくなったのである。というのは、いろいろなざわめきがからだじゅうに突き刺さってくる感じである。ことに脳になにかが浸透してくる感じであっ。 安眠できなくなっ た。 聞法成就の過程に、実に異様な夢を見る一時期があるが、これはそれともちがう。 潮騒い のような、あるいは松箱のようなざわめきが、じんじんと彼を打っておしよせてくるのである。 そ れにつれて一種のつよい「胸さわぎ」のような感じに襲われるのである。 はなはだしいときには目 いさえしてくるのであった。

目まいといえば、いちばん最初、聴覚と同時に目に異常がきた。 すべてのものが異様に揺れ動い ているのである。なにかで見た風景であった。すぐにわかった。 ゴッホの絵である。あなたもあの ゴッホ特有の動しているような線の流れを御存知であろう。あのようにすべてのものがたえまな ブルブルと小きざみに震動しているのである。空気までがいっしょに振動しているようであった。 それにつれて光線が震えていた。そのためか、ものの明暗が異常にきわ立って目にとびこんでくる のであった。しかし、これはまもなくおさまった。体調が非常によいとき、悪いときに、これはい までもときどき起きる。よいときとわるいときで、ちがいがあるのはもちろんである。 自分で体調 わるいことに気づかないでいるとき、それでわかることがある。わたくしは、死が近づいたとき にはまた特殊な振動を感ずるのだろうと思っている。これはおさまったが、音のないざわめきは消 えなかった。

場所によって強弱があった。そういうことから全く解放される時間と場所に行き会うことがあっ た。そこで転々と居場所を変えることになる。立ったり座ったり、そのへんをとめどなく歩きま わる。 気が狂ったのかと思った。あるいは、なにか物の怪か、亡霊のたたりにでもふれたのかと疑
ったりした。 やがてその理由がわかった。

要するに、環境の振動に敏感になったのである。脳の神経が異常に目ざめ、環境の振動を鋭く感 じとってしまうのである。

これが長くつづいたら、じっさいにわたくしは発狂してしまったであろう。間もなくわたくしは これを制御する方法をおぼえた。平常はこの感受力を少なものにしておき、 必要に際して拡大す るのである。このチャクラの目ざめによって、わたくしは、すべてのものがいろいろな振動をはな っていることを、実際に身を以て体験したのである。存在とはまさしく振動そのものにほかならぬ のであった。

 

上の文章を小説風して

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