尤も、密教辞典は前の文章につづいて、
密教は特に此の声を尊崇し、時処”には”是の秘密は歌 揚するが故に成仏も難からず、 況んや諸願を求めて成就す。と説きて歌 となす」
とあり、これは、わたくしが思案したこととおなじところのものに思いあたっているかのごとくに 思われるが、のちにわたくしが体得した技法とはまったく異る。どこまでもこれである。外 に向って声を発して歌うのである。わたくしの真言説はちがう。 口腔に発した真言の振動を共鳴 させながら、からだの内部、すなわち心と脳の深部に響かせてゆくのである。
さきの章にあげた「正念論」(五四頁)のところを見ていただきたい。 「次第念珠」の観想にこう
「わが誦するところの真言の字は本尊の臍(おへその穴)より入りて、本尊の心月輪に至り、右 にめぐりてつらなり住し、本尊の誦する真言の字はわが頂より入りて心月輪に至り、右にめぐりて つらなりす」
むしろ、この観想のほうが、わたくしのねらったものに近いといえるかも知れない。
ただし、わたくしの場合は、たんなる真言の字ではなく、その振動である。 ホトケのとなえる真 言の振動が、ホトケのへそからわがへそに入って咽喉にいたり、大振動を発して大脳の深部にいた 大脳の部位を動かす。わが大脳のチャクラを動かした振動はしだいにホトケの大脳にいたり、 ホトケの大脳とわが大脳と共鳴する、というように観想しつつ、実際に振動を発生させるのである。
わたくしは、昼夜の別なくトレーニングを進めているうち、しだいに、自分が、真言密教の真髄 に近づきつつあることを感じた。いまだかつて密教の指導者のだれもが気づかなかった秘密の技術 に迫りつつあることを知った。
七火の呼吸とチャクラの伝達系
わたくしはそれを完成することができた。
それにはいくつかのがあった。
先ず第一に、ヨーガを身につけていたことであった。
ハタ・ヨーガの倒立(頭による逆立ち)が、先ずわたくしの首を強きわまるものにしていた。わ たくしは二十数年間毎朝三〇分の倒立をしてきた。 これは倒立の限界である。 倒立したまま、しば しばわたくしは眠ったほどこの技に熟達している。 結核体質で幼少から首が細かったわたくしは、 倒立で、三十歳代に首の周囲が一・五インチも拡大した。 これがどれほどわたくしの発声器官を強 大にしたことか。
をべて如来を 揚をただちに成仏の緑
しんがちさん
また、十数年にわたる寒中の滝行も、わたくしの腹筋と発声器官を強くしていた。はじめて滝に 入ったとき、二日目に声をつぶした。 滝に打たれながら、全身の力で読経し、真言をする。 一か 月間、まったく声が出なかった。 こういう経験を十数回くりかえした。いまでは、どんな大きな滝 でも、わたくしの声を消すことはできない。何百メートル先きまでも、滝の音をして、わたくし
しかし、 クンダリニー・ヨーガの修行をしていなかったら、おそらく、それ以上のこころみは全 メドが立たなかったろう。 クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発は、特殊な呼吸法に秘訣がある。 それと、チャクラ周辺の筋肉のバイブレーションだが――。 先ずその呼吸法が役に立った。 ざっと説明してみよう。
音声というものは、呼吸と発声と共鳴の三つから成り立つ。そのいずれも同じ程度に重要である。 発声は そのものであり、共鳴はその振動を倍加させ、振動の力を増強するものであり、呼
吸はその両者の原動力である。
ところで、クンダリニー・ヨーガの呼吸法は、「火の呼吸」とよばれるように、フイゴの如く強 く激しい。これが、発声と共鳴の原動力として、どれだけ強力に作用するか、想像以上のものであ
火の呼吸、発声、共鳴の三つの要素を完全にはたらかせるためには、からだ全体を強化しなけれ ばならないが、とりわけ、強い肋間筋と腹筋、それに頑丈な横隔膜が必要である。
わたくしは、さきに、ムラダーラと、マニピューラの二つのチャクラを完成しかけていたと述べ たが、肋間筋 腹筋 横隔膜は、実に、ムラダーラとマニピューラの両チャクラが支配しているの である。この二つのチャクラを目ざめさせたら、この三つの器官はどのようにでもはたらかせるこ とができるのである。それまでにこの二つのチャクラを完成しかけていたことは、まことにと いうべきだった。
呼吸法と発声が完成したら、つぎに独自の共鳴腔をつくりあげなければならない。
音声の共鳴は、喉腔をとりまく骨組みの付加運動のはたらきによる。つまり、頭部の中の、腔と 振動によって共鳴をつくりあげるわけである。 それは、練習によってだれにでもできるように なる。上手下手の別はもちろんあるが――。 だが、わたくしの場合はさらに特殊な工夫が必要であ った。というのは、その共鳴を、自然の法則に反して内部にとり入れなければならなかったからで ある。
生物の発声器官は、すべて、外部に向って音声を発するように出来ている。 わたくしはそれを内 部に向ってしようというのである。思いもよらぬことであるが、ついにわたくしはそれをなし得る ようになった。それを可能にしたのは、やはりチャクラの力であった。
発声させ腔内で共鳴させた真言の振動を、脳の深部に送りこむ作業は、マニピューラ、 スヴァジスターナ アナハタ、の各チャクラの力を借りなければぜったいに出来ないのである。思 いきって、わたくしの完成したこの秘密技術の一部を洩らすことにしよう。 喉腔内でつくりあげた 共鳴の振動を、そのまま脳の深部に送りこむことはできないのである。それはぜったいに出来ない。 わたくしは、何百回、何千回とくりかえしたあげく、ついに不可能とさとった。それは生体の法則 であるのだろう。ではどうすればよいのか?
最後にやってみたわたくしのこころみが成功した。 その振動を、いったん下部のマニピューラ・ チャクラに伝えこれと共鳴させるのである。そうして、チャクラのバイブレーションとしてスヴァ ジスターナ アナハタとつづくチャクラの伝達系を通じて脳のチャクラに送りこむのである。とい
うのは、チャクラというものは個々別々に独立して存在するのではなく、すべて密接に連結してい るものだからだ。この技法を使わないかぎり、声の振動を脳の深部に送りこむことはぜったいにで きないのである。それは、音(振動)をそのまま遠くへ伝達することはできないけれども、電流の バイブレーションに変えて電線を通じれば、どんなに遠方にでも届くということに似ているといっ たらよいであろう。
八求聞持脳の目ざめと異常体験
わたくしのねらいは間違っていなかったのである。この特殊な真言説の技術は、 求聞持法成就 にかくじつにつながるものだったのである。やがてわたくしはこの法を成就するのだが、成就した 瞬間にどういう現象が起きるか、それについては、さきに、『密教・超能力の秘密』に書いたので、 ここには述べない。興味あるかたはそれを読んでいただきたい。ともあれ、わたくしは求聞持法成 就の道を歩みつつあった。それはひとつの異常な感覚が目ざめつつあることでわかった。 「どんな感覚か?
環境に異常に敏感になってきたのである。
わたくしが、求聞持法を修して、自分が狂気したのではないかと疑ったのは、この時が最初であ
全く落ち着いていられなくなったのである。というのは、いろいろなざわめきがからだじゅうに
突き刺さってくる感じである。ことに脳になにかが浸透してくる感じであった。 安眠できなくなっ た。 聞法成就の過程に、実に異様な夢を見る一時期があるが、これはそれともちがう。 潮騒い のような、あるいは松箱のようなざわめきが、じんじんと彼を打っておしよせてくるのである。 そ れにつれて一種のつよい「胸さわぎ」のような感じに襲われるのである。 はなはだしいときには目 いさえしてくるのであった。
目まいといえば、いちばん最初、聴覚と同時に目に異常がきた。 すべてのものが異様に揺れ動い ているのである。なにかで見た風景であった。すぐにわかった。 ゴッホの絵である。あなたもあの ゴッホ特有の動しているような線の流れを御存知であろう。あのようにすべてのものがたえまな ブルブルと小きざみに震動しているのである。空気までがいっしょに振動しているようであった。 それにつれて光線が震えていた。そのためか、ものの明暗が異常にきわ立って目にとびこんでくる のであった。しかし、これはまもなくおさまった。体調が非常によいとき、悪いときに、これはい までもときどき起きる。よいときとわるいときで、ちがいがあるのはもちろんである。 自分で体調 わるいことに気づかないでいるとき、それでわかることがある。わたくしは、死が近づいたとき にはまた特殊な振動を感ずるのだろうと思っている。これはおさまったが、音のないざわめきは消 えなかった。
場所によって強弱があった。そういうことから全く解放される時間と場所に行き会うことがあっ た。そこで転々と居場所を変えることになる。立ったり座ったり、そのへんをとめどなく歩きま わる。 気が狂ったのかと思った。あるいは、なにか物の怪か、亡霊のたたりにでもふれたのかと疑
ったりした。 やがてその理由がわかった。
要するに、環境の振動に敏感になったのである。脳の神経が異常に目ざめ、環境の振動を鋭く感 じとってしまうのである。
これが長くつづいたら、じっさいにわたくしは発狂してしまったであろう。間もなくわたくしは これを制御する方法をおぼえた。平常はこの感受力を少なものにしておき、 必要に際して拡大す るのである。このチャクラの目ざめによって、わたくしは、すべてのものがいろいろな振動をはな っていることを、実際に身を以て体験したのである。存在とはまさしく振動そのものにほかならぬ のであった。
ところで、この異常な感受力を利用すれば、突発的な不幸や災難、事故などすべて、周囲の振動 変化で予知できるであろう。それは人間にたいしても同様で、非常な悪意、たとえば殺意などを いだいてこちらに近づいてくる人間など、容易に察知できるのである。が、そんなことは枝葉のこ であった。そんなことよりも、わたくしは、この経験により最大の収穫を得たのであった。 それ はなにかというと、脳によい影響をあたえる振動(数)と、わるい影響をあたえる振動(数)がは っきりわかってきたことである。よい影響をあたえるとは、脳に活力をあたえ、脳を生き生きとさ せ、脳のはたらきを増強拡大する振動であり、わるい影響とはその正反対のはたらきをする振動で ある。 これは、求聞持法修行上の画期的な発見であった。
このことについて、つぎにわかりやすく説明してみよう。
九!驚異的な超低音の力
最近、大都市において次第に問題化しつつある「低公害」について御存知であろうか? 東京では、主として環状七号線の道路ぞいに頻発して問題になっている。 眼にも見えず、耳にも 聞こえないある種の波動新聞の記事によると二〇ヘルツ前後というが、人びとに一種のス トレス症状をひき起こし、ひどい時には目まいや頭痛まで起こさせるのである。その原因は、各種 機械の作動によって発生する振動によるものである。
有名なガブロウ教授の実験がある。
ガブロウ教授は技術者であったが、最近、仕事中にいつも気分が悪くなるので、マルセイユにあ 研究所の気に入った地位をほとんどあきらめかけていた。
しかし頻発する吐き気に悩まされるのは、ビルのてっぺんにある事務室にいるときだけなのに気 がついて、職をやめるのを延期し、その原因をくわしく調べてみることにした。 先ず、彼の脳をか きみだす何かが部屋の中にあるのにちがいないと考えて、さまざまな化学物質を敏感に検知する装 や、ガイガーカウンターまでも持ち出して、それをつきとめようとした。しかし、どんなにし ても何も見つけることができないので、ある日、途方にくれて部屋の壁に背中をもたせかけ、腕を 組んで考えこんだ。すると、部屋全体が、非常に低い振動数で揺れているのを感じたのである。
そのエネルギー源は、道路をへだてたビルの屋上にある空気調整設備であることがわかった。か
れの事務室は、それと共鳴して共振を起こすのにおあつらえ向きの形であり、ちょうどよい距離で あったのだ。かれを病気にさせていたのは、毎秒七ヘルツの振動数を持ったこのリズムだったので
この現象に興味を感じたがブロウ教授は、ひとつこれととり組んで研究をしてみようと考え、 振動を発生する機械をつくる決心をした。適当なデザインをさがしまわっているうち、フラン スの憲兵が使っているエンドウ豆入りの笛が、すべての範囲の低振動数の音を生じることを発見し た。 そこで、かれはこれを拡大して、長さ六フィートの憲兵笛をつくり、 さく空気でこれを吹き 鳴らす装置をとりつけた。
この巨大な笛をはじめて試し吹きした技術者は、その瞬間、その場にぶっ倒れた。ほとんど即死 だった。検死解剖の結果、かれの内臓器官はすべて振動によってつぶれ、めちゃめちゃのジェリー になってしまっていた。
ガブロウ教授はこれにこりて、もっと慎重にその研究をすすめることにし、つぎの実験は戸外で、 その機械をコンクリートの縦に入れ、実験者から遠く隔離しておこなった。そうして、空気をゆっ
吹きこんだ。が、実験場から半マイル以内にあるあらゆる建物の窓が全部こわれてしまった。 その後、かれは、インフラサウンド発生装置の大きさをもっと効果的に調整することを学び、実 研究のため、一連のもっと小型の機械をつくることに成功した。今日までの最も興味ぶかい発見 の一つは、低振動数の波はねらいをつけることができるということである。二つの発生装置を使っ 五マイル離れた特定の目標に焦点を合わせると、共鳴を起こし、まるで大地震のような驚異的
な力で大きな建物を崩壊させることができるということである。これらの振動数七の機械は非常 に安価につくられる。その設計図は、いま、パリの特許局で三フランでだれでも買うことができる のである。
このエピソードで知れるように、聞きとれないほど低い周波数の振動は、ある特定の場所た とえば幽霊屋敷とか、たたりのある呪われた場所とかにつきまとう抑圧や恐怖の感情を説明で きるのではなかろうか? もしもガブロウ教授が科学者でなかったら、マルセイユのビルのてっぺ んにあるかれのオフィスは、なにかに呪われているか、たたられているのではないかと考えて、 げ出していたかも知れない。
十一存在とは振動である
音についてさらにもう少し述べる必要がある。
われわれをとりかこんでいる世界は音に満ちている。われわれは音の中心に住んでいるといって もよい。しかし、音は必ずしも聞こえるものばかりではなく、人間の耳に感じない音もたくさんあ るのである。
われわれがふつう音という場合、それは耳に聞こえることを前提としていっており、聞こえない 音などというものは概念上あり得ないのであるが、物理的には聞こえない音のほうがむしろ多いの である。
人間の耳が感じることのできる音は、ある一定の音域のものにかぎられており、それ以上低くて も高くても聞くことができない。
では、その高い低いという性質はどこできめられるかというと、それは振動数によって決定 される。
音とは、御承知の通り、振動である。げんみつにいうならば、空気の粒子の振動であり、それが 耳に達したときの振動をよび起こし、われわれはそれを音として聞くわけである。 しかし、あ まりに高い振動と低い振動には、鼓膜は作用しないのである。
ところで、どんな振動でも、それの基本的な特徴となっているのが、振動周期と振幅である。 音の場合、振幅は音の強さに関係があり、周期は音の高さに関係がある。 そこで、振動周期という のは一振動をおこなうに要する時間のことであるが、一秒間の振動数を「振動の周波数」とよぶ。 周波数(または振動数の単位には、一秒間に一回の振動をとり、この単位を「ヘルツ」と名づ けるのである。この周波数はわれわれが音を区別する特徴としているものの一つで、周波数が大き ければ大きいほど、われわれは高い音を耳にする。すなわち、音はより高い調子を持つわけである。 人間の耳が聞きとる音の範囲は、およそ一六~二万ヘルツとされている。それ以上、それ以下の 振動数は聞きとることができない。個人差はあるけれども、人間がもっともよく感じるのは、一〇 〇〇ヘルツから三〇〇〇ヘルツまでの周波数の音である。前節で述べた低周波というのは「超低 音」のことで、これは、約一六ヘルツ以下までの周波数のことである。
そういうと、なあんだ、わずか一六の音城かとごくかんたんに考えてしまうかも知れないが、そ
うではないのである。たいへんな広い範囲を持っているのである。というのは、振動には、一ヘル ツ、十分の一ヘルツ、百分の一ヘルツ、千分の一ヘルツ、百万分の一ヘルツまであるのである。 超低音波振動(超低空気振動)は、きわめて多様な条件のもとで発生する。 建物、樹木、電柱、 鉄製トラスなどに風が吹きつけた場合とか、人や動物が動いたり、扉が開いたり閉ったりした場合 とか、そういうときに発生するとされているのだが、わたくしはそれだけではなく、ものが存在す るとき、それはもうすでに超低音(振動)を発しているのだと考えるのである。そういう意味で、 わたくしは、さきに、存在とは振動だといったのだが、たしかに、ものは存在するだけで超低音 を発しているのである。 そう、わたくしは確信する。 なぜか?
イギリスの物理学者、J・C・マクスウェル(一八三~一八七九年)は、光が物体にあたると光 その物体に圧力をおよぼすということを予想したが、ソ連のレーベデフ(一八六六~一九一二年) は彗星の尾が常に太陽とは逆の方向に流れるということによってこれを証明した。光には重力があ るわけである。ところで、ごく最近、一九六九年に、アメリカのメリーランド大学のJ・ウェーバ 博士のグループは、「重力波」の存在を確認したと発表した。ウェーバー博士は、「アインシュタ インの一般相対性理論が予言していた “重力”の存在の確認をわれわれの手で成しとげることが できて非常にうれしい」という意味のことを記者会見で語ったが、この発見は、前世紀のおわりの、 ヘルツ(ドイツの物理学者、さきに述べた振動の単位はこの学者の名をとったもの)による電磁波の発 見に匹敵する偉大なものであるとされた。重力とは、アインシュタインの一般相対性理論の 方程式から出てくる一種の波動で、かなり昔、一九一六年にすでにアインシュタイン自身が予言し、
理論計算結果を発表していたものである。その正体は読んで字のごとく、重力が波動の形で空間を 伝播してゆくものと大雑把に考えればよい。 そこでわたくしは思うのだが、光が重力を持つという ことと、重力が波動の形で空間を伝播してゆくということとは密接な関係があり、この二つのこと により、存在するものは常にある振動を発しつづけているということが説明されると思うのである。 尤も、これは、数学や科学に全く無知である専門外のわたくしの理論(!)であるから保証のかぎ りではないのだが、前にも述べたように、求聞持脳を持つと、それが実際に体験されるのである。 あらゆるものの発する音がざわめきとして聞こえてくるのである。その体験により、わたくしはわ たくしなりにさまざまな思いをめぐらし、いま述べたような理論をもとに一つの理論構成をしたと いうわけなのだ。
ところで、いま、わたくしは、求聞持脳を持つと、すべてのものが発している音がざわめきとし 聞こえるといった。これは要するに、ふつうには聞こえない超低音を聞くということになるわけ だが、これは、一般の人でも、聞こえないからといって、全く気づかずにいるというわけではない のである。無数にある超低音をすべての人は感じとっているのである。ただし、それは、耳という 感覚器官によってではなく、肉体全体によってである。その一つの例を、われわれは前の節で、ガ ブロウ教授の上に見た。また、環状七号線の道路ぞいの住民たちは、身を以てそれを体験している わけである。 もう一つ二つ、その例を見てみよう。
一九七五年のはじめ、東京の映画館で、「大地震」というアメリカ映画が上映された。
この映画の製作者は、この映画があたえる不安感、恐怖感に、よりいっそうの効果をあげるため、 特別な装置を考えた。フィルムのサウンド・トラックに不安感と恐怖感をあたえる超低周波振動を 記録しておいて、上映中にそれをスピーカーで観客室に流し、観客室の空気を振動させることにし たのである。これは予期した通りの効果をあげた。観客は名状しがたい不安感に襲われたのである。 ただし、だからといって、この映画の製作者が得意になるわけにはいかなかったのである。
というのは、この企画はこの映画製作者の独創ではなく、二十年も前に、おなじような試みを実 した学者がいたのである。
アメリカの物理学者、ロバート・ウッド(一八六六~一九五五年)は、アメリカのある劇場に、超 低音波振動の発振器を設置して、演劇のはじまるほんの少し前に、人間におよぼす超低音波振動の 影響を研究するためのごく短時間の実験をおこなった。かれが発振器を作動したとたん、なにも知 らない観客たちは、突如、奇妙な不安感に襲われはじめたのである。これからはじまる観劇のたの しい期待が不意に消え失せ、いい知れない不安感でいっぱいになったかれらは、落ちつきのない目 たがいに見合わせ、あたりをキョロキョロ見まわしはじめたのである。そして、ある観客たちは、 座席を立って出口のほうへ出てしまった。ウッドがすぐに発振器のスイッチを切ったのは賢明だっ
