弘法大師空海は、幼き頃より求聞持聡明法を修行し、その才覚は天に轟いた。彼の頭脳はかつてないほど鋭敏になり、言葉を発すれば周囲の者は驚嘆し、その知識の深さに圧倒された。彼の名は遠くまで響き渡り、後世に語り継がれることとなった。
一方、興教大師覚錢もまた、この秘法に魅せられた修行者の一人であった。彼は七度の修行に失敗し、己の限界に打ちひしがれながらも、八度目にしてついに悉地を成じた。彼の瞳は光を帯び、知の閃光がその内より放たれるかのようであった。しかし、彼の寿命は長くは続かなかった。四十八歳の若さで彼はこの世を去り、人々はその英知と短命を惜しんだ。
求聞持聡明法とは、ただの修行ではない。それはクンダリニー・ヨーガの力を借りてチャクラを覚醒させ、超人的なエネルギーを生み出す技法である。そして、そのエネルギーを導引・気功の秘法を用いて身体中に巡らせる。特に、脳の中心である間脳や視床下部に送り込むことで、知能は飛躍的に向上する。
この秘法を極めんとする者がいた。山田と名乗るその男は、半生をこの法の完成に捧げた。彼は書物を綴り、研究を重ね、この法をより完全なものへと仕上げていった。そして、彼は断言する。
「この法を修行すれば、知能は二倍に、体力は三倍に強化される」
しかし、問題はあった。天才であるがゆえに、命を削るのではないかという懸念だ。覚錢上人の短命が、その証左であった。しかし、山田は道教の秘法を組み込み、この欠点を補った。天才である以上、長く生き、若々しく、健康でなければならない。病に伏した天才に、何の意味があるだろうか。
山田は、この法を極めることで、新たな時代の到来を確信した。そして、その道を歩む者に向けて言葉を残した。
「この法を修めよ。知の高みへ至れ。しかし、決して己を滅ぼすことなかれ」
