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大日如来 Vairocana大日如来

 

ご読灼たる智慧の光を以て照破するからであるという。そこから、大日如来とし宗教的な智慧を光で象徴することは、ほとんどすべての宗教に共通してみられることである 密教では、宇宙的な絶者(法身仏)である大日如来を、光で象徴するとともに、絶対の智慧 ものをも光としているのである。

それはつまり、こういうことである。

この宇宙万物を生成発展させて行く力を根源的に見た場合、いくつかの見かたがあるであろ 愛、慈悲、智慧、その他いくつかのものが考えられる。その中から、密教は、それを智慧と見 である。

それを、愛とみる宗教もあるし、慈悲とみる宗教もある。しかし、密教は智慧とみた。愛 も、完全なる智慧の中に集約されるとみたのである。ゆえに、大日如来は、絶対の智慧そのも 身体としているのだと説き、これを「智身」と名づける。空海はこのことをその著書『広付 で、「このような法身と智身との二つの有形の相ば、まったく平等なものであって、あらゆる する者の世界、草木・山河・大地などのあらゆる非情界に通満していて、永遠に真実のことば」 マンダラの真理の教えを説いているのである」という文章で表現している。

 

 

暗い密室の中、僧侶たちの静かな祈りが響く。その中心に座すのは、大日如来の象徴たる金色の像。その輝きは、暗闇を貫き、彼方に広がる無限の光のように見えた。

「この光は何を示しているのか?」
若き修行僧、清明は密教の奥義を学ぶ中で、師匠に問いかけた。師は静かに微笑み、その目には深い智慧が宿っていた。

「この光は、宇宙そのものの真理を象徴しているのだ、清明。」
師匠は言葉を選びながら語る。
「この宇宙を動かす力、万物を生み、発展させる根源のエネルギーは、さまざまな形で解釈される。ある者はそれを愛と呼び、またある者は慈悲と呼ぶ。しかし、密教ではそれを智慧と見るのだ。」

清明は師匠の言葉に耳を傾けつつ、金色の像から放たれる光に目を奪われる。この智慧とは一体何なのか。その問いは彼の心に深く刻まれていた。

「大日如来とは、完全なる智慧そのものを体現した存在だ。」
師匠の声は穏やかでありながらも力強かった。
「その身体は『智身』と呼ばれる。それは愛も慈悲もすべて内包し、すべてを照らす真実の光だ。空海もまた、この真理を説いている。法身と智身の二つの姿は完全に平等であり、草木や山河、大地のすべてに通じていると。」

清明は目を閉じた。その瞬間、彼の内側にひとすじの光が差し込んだように感じた。それは彼自身の心の中に潜む無知の闇を破り、真理への道を指し示していた。

「師匠、大日如来の光は、私たちの内なる無知を破るものなのですね。」

師匠は静かにうなずき、清明に向かって言った。
「その通りだ。だからこそ、この光をただ外側に見るのではなく、内側にも求めなければならない。この宇宙のすべてと自分自身は一つであると悟る時、真の智慧が得られるのだ。」

清明は深い呼吸をし、その言葉を胸に刻みつけた。金色の像の輝きはますます強く感じられ、それが宇宙全体の呼吸と同調しているように思えた。そして彼は悟った。この光は、ただ見るためのものではなく、感じ、そして生きるためのものなのだと。

 

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