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唐の金沙灘の地は、まだ仏教の教えが届かぬ荒野だった。その地に、ある日、ひとりの美しい乙女が現れた。彼女は竹籠に魚を入れ、村から村へと魚を商い歩く。人々はその端麗な容姿と澄んだ眼差しに魅了され、次々と「嫁に来てほしい」と求婚する者が現れた。

だが、乙女は静かに首を横に振り、条件を告げた。
「私は幼い頃より仏の教えを信じ、尊んでおります。もしも仏さまの教えを信じる方のお家であれば考えましょう」

その言葉に、村人たちは「それくらいなら」と胸を張ったが、乙女の条件は次第に厳しくなった。
「では、毎日『普門品』を読んでくださる方」
これには少し尻込みする者もいたが、なお数名の若者が名乗りを上げた。だが、最終的に彼女が口にした条件に、ほとんどの者が諦めざるを得なかった。
「三日間で『法華経』一部八巻を読誦できるようになった方の許へ嫁ぎます」

ただひとり、その挑戦に立ち向かったのは「馬郎」と呼ばれる若者だった。彼は寝る間も惜しんで経を読み、三日目には見事にそれを成し遂げた。

人々の祝福の中、乙女との婚礼の日がやってきた。しかし、その朝、突然の悲劇が村を襲った。乙女は目を覚ますことなく、そのまま冷たくなっていた。馬郎をはじめ村人たちは深く嘆き、涙ながらに乙女を塚に葬った。

それから数日後、一人の老僧が村を訪れた。彼は村人たちの話を静かに聞き終えると、厳かに言った。
「その乙女こそは観音さまが仏法を広めるため、この地に仮の姿で現れたお方だ。埋めた棺を開けてみるがよい」

村人たちは半信半疑ながらも、老僧の言葉に従い、塚を掘り返した。そして棺の蓋を開けたその瞬間、目を見張る光景が広がった。棺の中には乙女の白骨が金色に輝き、ひとつに連なっていたのだ。

村人たちはその姿に平伏し、涙を流しながら観音さまへの感謝と畏敬の念を捧げた。それ以来、金沙灘の地には仏法が広まり、人々は観音さまの教えを深く信じるようになったという。

そしてその後、乙女の姿を象った小さな木像が作られた。その像は「魚籃観世音菩薩」と呼ばれ、千年以上にわたって人々の心の支えとなり続けている。

 

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