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彼の心の中には、日々、絶え間なく煩悩が湧き上がっていた。欲望、怒り、嫉妬、そして後悔。これらは彼を苦しめ、逃れようとしても、それらは彼の中に深く根を張っていた。仏典に記されているように、煩悩とは、苦しみの根源であり、それが身の内に漏れ入り続けることで、輪廻の鎖を断ち切ることができない。しかし、彼はその「漏尽」という境地に辿り着きたいと願っていた。

彼が通っていた寺には、古い教えがあり、それはジャイナ教や仏教の教えと混ざり合っていた。「漏尽」、すなわち煩悩を離れることで解脱が得られるという考え方だ。それは、まるで水が次々と壺に漏れ入るように、煩悩や業が人々の心に流れ込み、それが輪廻の原因となる。しかし、漏れを防ぎ、煩悩の流入を止めれば、輪廻から解き放たれる。これが彼が追い求める「漏尽」だった。

彼はある日、古い僧侶から「漏尽智」について話を聞いた。煩悩の尽きた状態を知覚すること、それが漏尽智であり、それに達すれば六神通の一つを手に入れるという。「それはすべての苦しみからの解放だ」と僧侶は語り、彼はそれに強く惹かれた。

その一方で、彼の家庭には奇妙な不幸が続いていた。彼の祖父は不慮の死を遂げ、その後も彼の家族には病気や事故が相次いだ。阿含宗の教えでは、「因縁」として、先祖の怨念や悪業が子孫に影響を与えるとされている。「縦の因縁」として、先祖から継承される怨念や未解決の問題、そして「横の因縁」として、前世で犯した悪業の報い。それらが重なり、今の自分の運命を形作っているという。

彼の家では、家族間の争いが絶えなかった。父と母は些細なことで言い争い、彼自身も兄弟との関係がぎこちなかった。原因は目に見えないが、彼はそれが「因縁」によるものだと感じていた。そして、彼の心には不安が積もり、さらに煩悩が強まっていくように思えた。

ある日、彼は寺の導師に相談した。導師は静かに彼の話を聞き、彼の家庭の因縁を霊視し、先祖供養の必要性を説いた。「あなたの家族には、強い怨念を持つ先祖の霊障がある。その怨念は家庭を覆い、不幸を引き寄せている。解脱供養を行えば、その霊障を解放し、家族の運命が変わるだろう」と。

彼は導師の言葉に従い、「解脱供養法」を受けることにした。導師は霊視によって彼の家にいる霊障の先祖を見つけ出し、成仏法を修行した。供養の儀式は静かで厳粛であり、彼はそれが終わった後、心の中に何かが変わったのを感じた。それまで家庭を覆っていた重苦しい空気が和らぎ、家族間の争いも減っていった。

さらに、導師は「冥徳供養法」についても語った。これは、怨念までは持たないが成仏できずに苦しんでいる霊に対する供養だという。「先祖の霊が成仏すれば、あなたの家族にも『冥徳』が現れるだろう。冥徳とは、先祖の助けを受ける徳のことだ」と導師は言い、その言葉通り、彼の家族に徐々に幸運が訪れ始めた。

彼は日々、供養を続けた。そして、その過程で、自身の煩悩も次第に薄れていくのを感じた。家族の運命が変わり、自分の心も解き放たれていく。彼はついに、「漏尽」の境地に向かって歩み始めていたのだった。

 

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