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第三章 三種供養と三

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仏法は、はっきりとわかるようになってくるというわけです。

諸天善神より集い、昼夜行者を護るな

しんげ

さんたん

「諸仏讃歎あそばさる

諸天善神より集い

昼夜行者を護るなり

因縁解説は大悲にて 福徳宝生大慈なり

大慈大悲のみほとけの

変化法身釈迦如来

変化法身仏舎利尊

福徳宝生身にうけて 因縁解脱の道を行く 仏舎利尊ぞありがたし 仏舎利尊ぞ尊とけれ 帰命頂礼 仏舎利尊

宝生解脱加持門の

信解のしるべ示さんと

のちの世のため人のため

つづりてあらあら和讃とす」

真正仏舎利さまは、仏教において唯一最高の本尊です。とてもふ つうの在家の人が戴けるものではない。ところが、あなたがたはご

自分の守護仏として、この仏舎利宝珠尊さまを戴いたのですから、

心を込めて毎日供養しなければいけません。

いままでお話ししたように、仏舎利を本尊として法にしたがって 供養を行なうならば、解脱と宝生の徳を戴くことができる。そして、 もしなにか困ったことが起きても、諸仏諸菩薩・諸天善神が必ず救 ってくださる。こんなすばらしいことはありません。ですから、心 から感謝しなければならない。

しかしそれと同時に、わたくしたち修行者が胸に銘記しておかな ければならないのは、自分は諸天善神が昼夜護ってくださるほどの 修行者であろうか、という反省がなくてはいけないということです。 自分は、本当に、修行者といえるほどの修行をしているであろうか? その名に恥じないだけの功徳を積んでいるであろうか? という反

省をつねに怠らないことが大切ではありませんか?

わたくしには絶対に不幸、災難は起こらない。 しかしながら、い まの自分は諸天善神が昼夜護ってくださるほど、仏道をしっかり歩 んでいるだろうか? 知らないうちに、横道に逸れてしまってはい ないか? わたくしを護ってくださる諸天善神に顔向けができな いような自分であってはならない。 諸天善神が護ってくださること は確実なのだから、その護ってくださる諸天善神に恥ずかしくない ような行動をしなければならない。

そのような反省を、わたくしはいつもしております。 これはあな たがたも同じですよ。あなたがたは諸天善神に護っていただいてい るわけですから、自分は護っていただくに値する修行者であるかど うかという反省をしなければいけない。その反省がなされることに

よって、より一層、諸天善神はみなさんを護ってくださるのです。

いつもいい加減なことをやっていたならば、仏の顔も三度といいま すから、そのうち諸天善神も、

「こいつは、いつも護ってやっているのに、いい気になってろくな ことをしてないから、きょう一晩、知らん顔をしてやれ」

となって、その一晩に泥棒が入った、ケガをしたなどということ になるといけませから、いつも諸天善神に対する感謝と反省を怠ら ず、しっかりと行を進めていかなければいけませんね。

それから最後にもう一度、帰命頂礼ということばが出ております。 この講義の最初のところで、帰命とは命懸けて帰一することである とお話しいたしましたが、 みなさんは本当に命懸けでこの修行を行 ないなさい。心から仏舎利尊さまに祈り、そして行動しなさい。そ

うすることによって、いままで何度もお話ししたように、仏舎利尊 さまはわたくしたちに解説と宝生の徳を授けてくださる。とくにわ たくしたちは、まず因縁解説を祈らなければいけない。その基本と なるのが、誓願を立てる、発願するということです。

ただしここで注意しなければいけないのは、仏さまに対して、 「因縁を切ってください」

とお願いするのは、まちがったお願いの仕方であるということで す。これは発願ではなく、おねだりです。仏さまや神さまに、こ うしてください、ああしてくださいとおねだりするのを、「おねだ 信心」あるいは「さしず信心」、または「こじき信心」といいま すが、これらは本当のお願いの仕方ではない。

なぜならば、おねだりをするということは、そのおねだりの中に

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