と、この「解脱護摩」 とを合わせて、仏教の真髄を示す護摩となります。
「解脱護摩」の「解脱」とは、解放を意味します。なにからの解放か? 一切の束縛からの心の解放です。
それは、どのような意味を持つのでしょうか?
たとえば、ギリシア哲学の智者プラトンが求めたのは、かれの言葉に よれば、「一切の束縛から解放され、われわれの魂が純粋に魂自身になる ことによってのみ、その根本の智慧、あるいは、真実の智慧に到達する ことができる」というものでした。プラトンの師であるソクラテスもま た、同じように真実の智慧をどこまでも追い求めました。その究極には、 ブッダの説く智慧とおなじものがあった、とわたくしは確信しておりま す。
わたくしは、自らの宗教者としての歩みのなかで、真実の智慧のみが
与える癒しが、人を揺るぎない心の平安に導くことを実際に体験いたし ました。そして、揺るぎない心の平安から真の勇気が生まれることを、 いくつかの実例として見てきました。 この揺るぎない心の平安をどのよ うにして得られるのか。今日は、そのことを皆さまにお伝えしたいと思 います。
それは瞑想です。 揺るぎない心の平安を与える瞑想ほど、人を本質的 に変えるものはありません。瞑想によって、心は一切の束縛から解放さ 真実の智慧に到ることができるからです。 瞑想は、人間に無限の可 能性を与えるのです。
いにしえの西洋のことわざにもございます。
「はいなかった」と。
「いまだかつて、偉大な仕事を成し遂げた人で、瞑想の習慣をもたぬ人
束縛からの心の解放
[般若心経瞑想法上映]
合います。
いま、ご覧いただきましたように、水は千変万化いたします。 わたく したちの心も、また、水と同じように、瞬間、瞬間に変化します。わた くしは、この映像の中で、「人のこころの内に、敷き、悲しみ、喜びの、 一定の性があるわけではない」と申しました。
そうです。 千変万化する水の動きを見つめる心で、わが心を見つめる のです。決して、自分の心を束縛しては、いけません。眼前の事物にと
らわれてはいけません。そこから自分の心を解放するのです。 水の動き に任せて、水の流れるように、すべての現象を眺めます。
いま、皆さまは深い悲しみの中にあります。 凶悪なテロに倒れられた 家族や友人、そして、同僚、多くの同胞への圧倒的な深い悲しみを感じ ておられると思います。それを感じるということは、皆さまが真の愛に 満ちた心を持っておられるからです。それゆえに、悲しみの最中にある 皆さまに、あえて申し上げたい。その悲しみを感じる心があるからこそ、 豊かな喜びもまた、感じることができるのです、と。
わたくしたち人間は、歩きます。走ります。ときには、つまずきます。 そして、日々の暮らしの中で、ともに笑い、喜び合い、抱き合い、慰め
わたくしたちが生きる地球には、太陽の光がさんさんと降り注ぎ、そ
して、命を育む雨が降り注ぎます。 風が吹き、雲が流れ、大海原が広が っております。わたくしたち人間を含め、森羅万象、 ひとつとして変わ らないものはありません。生きとし生けるものすべては生々流転、とど まることなく変化しております。その変化の中に、わたくしたちの営み はあるのです。
そのさまざまに千変万化する奥に、全く変わらない不滅のものがあり ます。それが真理です。その真理に到達するために瞑想します。
真理に到達したとき、人は、この上なく静寂で安らかな、この上ない 喜びを感じます。限りない喜びを感じます。それが、ブッダの教える「ニ 「ルヴァーナ」の世界なのです。
ニルヴァーナに到達したとき、人はほんとうに生きる喜びを感じます。 そして、その生きる喜びを他のすべての人と共有したいと感じます。そ
して、それが人類愛に通ずるものであることを理解します。
わたくしたちの世界は常に変化しており、森羅万象の生々流転が、自 然のリズムを刻んでおります。
しかし、この大切な自然のリズム、そして、秩序を破壊し、脅かす ものがあります。それこそがテロリズムであります。このテロは民主主 義の全否定であり、なによりも、愛の心を傷つけるものと思っておりま to°
世界平和の基本は、すべての人の真の愛と、最高の智慧から築かれま す。
世界平和が来るように、世界平和が来るようにと、いくら声高くスロ
ーガンを叫んでも、それだけで世界平和が来るものではない。世界中の
一人一人が平和になり、世界中の家庭一軒一軒が残らず平和にならなけ
