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愛のために智恵のために 仏陀が奇蹟

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愛のために智恵のために

目の中を白い光が飛んだ。剣道で力いっぱい面を打たれたとき、目の中を走るあの 閃光に似ていた。わたくしは思わずくらくらとして、額に手をあてた。一種のバイブレ ーションであることはわかった。わたくしも密教の修行者として各地の霊場とあるき 何度か霊的なバイブレーションをうけている。しかし、こんなすさまじい叩きつけるよ うなバイブレーションははじめてであった。 しかもまったく無防禦だったので、完全に 不意をつかれたという感じだった。どこでも霊場へ入るときは、それなりの心がまえを して入る。だからつよいバイブレーションをうけてもうけとめられるのだが、ここでは 全く無だったので、その衝撃はことにつよかったのだ。数秒つづいたように感じた が、それはほんの一瞬のようであった。師の大きな声がふたたび耳によみがえってきた。 「待ってください」

わたくしは手をあげて師を制した。

「ちょっと待って。 わたくしはいま、ものすごいバイブレーションを感じたのです。そ れはものすごいバイブレーションで、そう、あの方向からきました。 あれはなんです か? あの地は―」

わたくしは、その衝撃がきたと思われる方向をゆびさした。五十メートルほど前方に、

雑草の生いしげった凹地があった。そこから、それがきたと思われた。

ああ、あれですか」

と師はうなずいた。

「あれは、ミラクルの池です」

「ミラクルの池?」

の池とよぶのです」

たのです」

そう、 ミラクルの池。 仏陀が奇蹟をおあらわしになった。そこであそこを、ミラクル

「そのミラクルとは、どんなミラクルなのですか?」

「それは、仏陀が空中浮揚してこの池の上に立ち、上半身を火に、下半身を水に変え

「ほう、それはどういうことですか?」

それはですね、と師の説明によると、こうであった。

サイトマトからバチカンベル

スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じてここに土地

を求め、大精舎を建立した。 仏陀の名声は四方につたわり、教えを乞うもの踵を接した。 この附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それらの寺院の指 導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷した。 中でもとくに、 仏陀を口のうまい山師にすぎないといいふらした。口さきで理論を説くだけで、なに一 神通力を持っていない、要するに口舌の徒であるという批難であった。当時のインド の宗教界では、指導者となるためには、なんらかの神通力を持つことが必須の条件と されていた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この地に来 てから一度もその力を示すことがなかったのである。

他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、これを攻撃し たわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っている高弟たちは、一度、 ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏陀は承知されなかった。いよいよ神通力 などないと思いあがった他教団の指導者たちは、自分たちのパトロンである他の長者や 勢力者たちを通じて、スダックに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこ の地を去るという条件である。 スダックもついにことわりきれず、仏陀に試合をし

た。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れない。仏陀もスダッタ の立場を考慮され、ついにこれを承諾された。

その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を競い合ったさ いごに、仏陀がすがたをあらわされた。

アルコー

仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いかなる神通力を あらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと仏陀は露台の手すりを無 作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたのである。一瞬、手をはなされる。仏陀墜 落! とみるまに、仏陀はそのままゆっくりと空中浮揚して、庭園にむらがる大衆の 頭上を越え、 きよらかな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波 をたてる清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。 群衆が思わずわ が目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあがり、下半身は玉の ような水と化したのである。

目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力者をはじめ、 すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかった。

わたくしは、額に手をあてて師の説明を聞いていた。途中からふいに、やわらかなバ イブレーションとともに、ひとつの概念思考の流れがしずかにわたくしの脳髄ふか くれこんでくるのを感じたのである。わたくしは、自分の思念をまったくとめて、そ れをすなおにうけいれていた。突如、さいごに、すさまじい戦慄が走った。全身の血が いっぺんにひいてゆくような、 名状しがたい恐怖感の襲撃だった。それがおわったとき、 師の説明もおわった。

「先生、その上半身が火となって、下半身が水となる、というのは、どういうことで しょうか?」

だれかがわたくしに質問した

ナベトベトからバチカンペ

「ああ、それはね、全身のチャクラが、すさまじいパワーで、エネルギーを放射したの でしょう。空中浮揚をするために、仏陀は全身のチャクラにすさまじいエネルギーを集 中した。池の上に降り立って、そのエネルギーを放射したのでしょう。そのエネルギー の放射が、炎のように見えたのだね。 チャクラがエネルギーを放射すると、全身が炎に つつまれたようになって見えます。 これは、ヨーガ・スートラなどにも書いてある。そ

ういうとき、しばしば、からだが透明状になることがある。 下半身が水になったという のは、仏陀のおすがたがそのとき、透明になったので、池の水が反映して、水のように 見えたのでしょう。このミラクルは、クンダリニー・ヨーガの最高の技術をみせられ たものと、わたくしは考えます。そういえば、わたくしは、以前、仏陀は、クンダリニ ヨーガの熟達者だった、と本に書いたことがあります」

そう、わたくしは説明しながら、はやく、ひとりになって思考をまとめたいと思って いた。さきほど流れこんできたあの思念の流れあれはいったいなんであったのか? 必死に、わたくしは、それを散らすまいとしてみつめつづけていた。はやく、ひとつの ものにまとめたいと思っていた。

それができたのは、それから数時間後、ラクノウという都市に着いて、ホテルに入っ たときであった。

わたくしは、あわただしく自分の室に入って、シャワーを浴びると、すぐに定にはい った。ミラクルの池でのあの体験を、もう一度再現しようと思ったのである。

定にはいると、すぐに手がはげしく動いた。「自動書記だな」と直感した。 これは、

霊的状態になって手が無意識に動き、文字を書くのである。 すぐ、ノートを、と思った が、あいにく、このホテルは、宿泊するのではなく、午後九時発の夜行列車に乗るまで 三、四時間を、休息と食事のために入ったので、トランクその他、筆記用具を入れた 鞄はすべて、みんなの荷物といっしょに、下のロビーに預けてしまっていた。手もとに は何もない。 しかし、とりにいっているひまはない。時期を逸したら、もう二度とこの 手の動きはもどって来ないかも知れぬのだ。

わたくしはあわただしく座を立って、机のひき出しをさがした。あった! さいわい、 ホテルのメモ用紙が数枚あった。 ボールペンもある。むしゃぶりつくようにペンをにぎ ると、それは勢いよくメモの上を走った。

最初、それは脈絡のない単語や名詞の羅列であった。しかし、それは、ミラクルの池 あの思念の流れと一致していた。わたくしは、食事もとらず、出発までの時間を挙げ これに傾注した。整理して、さいごに書きあげたのがつぎの文章であった。

それは突然ななめ前方からやってきた。

一瞬、目がくらむほどの衝撃だった。

そんなことなどぜんぜん予期しておらずまったく無防備だった自分は、あっという まにその衝撃に叩きのめされてしまったのだ。

修行、学問、そんなものはなんの役にも立たぬものであることを思い知らされた。 こころひそかに誇っていたこれまでの自分の修行も教学も、あっというまに消しと んでしまった。叩きのめされてしまった。

これなんだ、これでなくてはならないのだ。これしかないのだ。目もくらむような あの白銀の輝きにみちたバイブレーション

〇〇年の修行も万巻の教学も、ただ一瞬のこの霊的バイブレーションに如かぬこ とを思い知らされた。

これがそれだったのだ。これが究極のそれだったのだ。このためにこそわたくしは ここにやってきたのだ。

おお、サイト・マイト、聖なる地

そうですか。

あなたはここに待っていてくださった。

わたくしがいまあなたから受けたものを、これからわたくしはひとびとにあたえね ばならぬ。

いま、わたくしは聖者であることをつよく自覚する。

すべてのひとびとがこの聖なるバイブレーションを受けることのできる聖地を、わ たくしはひがしの国につくらねばならぬ。この輝きにみちたサイト・マヘトの地を、 そのまま、日本の国にうつさねばならぬ。それがわたくしの使命だったのですね。 それをかならずはたすことをわたくしはあなたに誓います。

もう一度、わたくしはこの地に来なければならないのですね。だが、そのときなに が起きるのでしょうか? そのとき起きることを、わたしは非常なおそれの 感情とともに予感します。

一瞬の霊的バイブレーション!

一〇〇年の苦行も万巻の書物も、このバイブレーションなくしては、路傍の石ころ にも劣るのだった。このバイブレーションをあたえることのできる聖者こそ、真の 導師だったのだ。理解できました。

聖師よ、ありがとう!

サト・アウトからバチカン

書き終えて、わたくしは虚脱状態になった。

昭和五十五年十一月八日

ラクノウのホテルにて るす。

その虚脱状態は、帰国するまでつづいたといってよい。デリーでのパーティー、アジ キャンタ エローラ石窟寺院と、その後の旅程はつづいたが、わたくしのこころはつ ねにあのミラクルの池の思念の流れに向けられていた。ホテルで一応ああいうかたちに

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