文殊菩薩(もんじゅぼさつ、梵: मञ्जुश्री、mañjuśrī〈マンジュシュリー〉、梵: मञ्जुघोष、mañjughoṣa[1]〈マンジュゴーシャ〉)は、大乗仏教の崇拝の対象である菩薩の一尊。一般に智慧を司る仏とされる[2]。その他、非人救済などの慈善事業を司るほか、日本の真言律宗では慈母供養の象徴としての一面も重視された。

文殊は文殊師利(もんじゅしり)の略称。また妙吉祥菩薩(みょうきっしょうぼさつ)などともいう。曼殊室利等とも音写し、妙吉祥、妙徳、妙首などとも訳す。文珠菩薩とも書く。 三昧耶形は青蓮華(青い熱帯睡蓮の花)、利剣、梵篋(椰子の葉に書かれた経典)など。種字はマン (मँ maṃ) 。
『文殊師利般涅槃経』によると、舎衛国の多羅聚落の梵徳というバラモンの家に生まれたとされる。また一説に釈迦十大弟子とも親しく仏典結集にも関わったとされる。『維摩経』には、維摩居士に問答でかなう者がいなかった時、居士の病床を釈迦の代理として見舞った文殊菩薩のみが対等に問答を交えたと記され、智慧の菩薩としての性格を際立たせている。この教説に基づき、維摩居士と相対した場面を表した造形も行われている。
文殊菩薩が登場するのは初期の大乗経典、特に般若経典である。ここでは釈迦仏に代って般若の「空(くう)」を説いている。『華厳経』では善財童子を仏法求道の旅へ誘う重要な役で描かれることなどからもわかるように、文殊菩薩の徳性は悟りへ到る重要な要素、般若=智慧である。尚、本来悟りへ到るための智慧という側面の延長線上として、一般的な知恵(頭の良さや知識が優れること)の象徴ともなり、これが後に「三人寄れば文殊の智恵」ということわざを生むことになった。
中国の唐の天台宗の僧侶、湛然は『法華文句記』において、文殊菩薩は本来、龍種上尊王仏であったとする。[注 1]
文殊菩薩が、優填王、仏陀波利三蔵、善財童子、大聖老人(あるいは最勝老人=婆藪)の四尊ともに描かれた文殊五尊図は、中国・日本などでよく描かれた。
文殊菩薩の五使者として、髻設尼、烏波髻設尼、質多羅、地慧、請召、が挙げられる。 文殊菩薩の八童子として、光綱、地慧、無垢光、不思議、請召、髻設尼、救護慧、烏波髻設尼が挙げられる。
文殊菩薩の密号は、吉祥金剛、あるいは般若金剛とされる。
