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けたのだ。
また、だれでもがそういう最上階の超能力者になれるということは断言できない。最上階のアデ
プトに到達することのできる修行者は、特別な人たちにかぎるとされている。そういう人たちは
生まれながらにひとつの資格と素質を持っているのだと信じられている。その資格とは、前世、
前々世からひきつづきこの修行をしてきているということである。何度も生まれかわってくりか
え人生において、かれは絶えずヨーギーとして修行をつづけてきているのである。しかし、だ
れがその有資格者なのかは、実際に修行に入ってみるまではだれにもわからぬことである。もし
もあなたが密教の修行に熱心な思とあこがれをよせるようであるならば、あるいはあなたがそ
の人であるかも知れない。しかし、また、よしんばあなたがその有資格者ではなかったにせよ、
これだけは断言することができる。あなたがごくあたりまえの人間であっても、すぐれた力を持
つグル(師匠)について、一定の訓練を受けるならば、普通人にはとうてい考えられないような
すぐれた力と能力を持つ優秀人に変化することができるだろう、と。
私はくりかえし断言しよう。
ふつうしん
たとえなんのとりえもない平凡な人間でも、この密教の訓練をうけるならば、その人は、その
人の属する社会の本かで、欲すると欲せざるとにかかわらず、かならずそこのリーダーとなって
そのグループを支配し指導することになるだろう。なぜならば、かれは、だれでもがよろこんで
その支配をうけ、指導をあおがざるを得たいはど、きわだった能力と人格を持つようになるからだ。これからいよいよ苛烈の度を加えるこの世界において、それはますます顕著になるだろ
う。あたらしい世紀をむかえる前に、この世界はひどい混乱におちいって、社会は無数のグルー
プにわかれ、そのグループはいったいどうしてよいのかわからない人たちであふれるようになる
からだ。その人たちは、常人にない能力を持つリーダーを求めて右往左往するだろう。自分たち
を新しい世界につれていってくれる人を求めて世界はわきたつ。そのとき、それらの人が求める
リーダーに君はならねばならない。そういう人をつくり出すのが密教だ。そのために密教の技術
は温存されてきた。これはそういう技術なのだ。それだけに、それはかなりきびしい訓練である
ことを知っておかねばならない。
業からの脱出
いくつかの訓練の段階におけるその第一の課程は、自分の持つ業からの脱出である。
人は生まれながらにさまざまな条件によってしばられている。そのものからだれも自由であり
得ない。考えてみれば、人間という名でよばれる存在そのものが束縛である。存在することがす
でに奴隷である。だから、存在であらざるものになることが完全な解脱なのであって、密教はそ
れを目ざすのであるが、それはもっとずっと先になって君の追求すべきテーマになるだろう。こ
こでは存在するものの江かでの解説である。それを業の解脱という。業は因縁によって殺され
る。因縁がカルマをかたちづくる。この、カルマの解脱の行と並行して密教の修行がはじまる。
そくばく
48能力発のカルマの解脱をしない修行者は、修行がにとんとすすまたん
されず、不浄なものにみたされ、『法』という清浄なるものに帰一同化することができないから
だとされている。
だから、修行の第一歩において、グル(師匠)は、修行者にカルマの解虎の法をさずける。
リーガ・スートラに「ヨーギーの薬は白くも悪くもない。その他の人々の業は三様である」と
いっているのは、グルが、修行者に、修行の最初の段階で、かれに解脱の法をさずけて、業から
やまちこう)さとう。
離脱させるようにするからである。(業には普通、白業、農業、黒白薬の三種がある。白業とは
よい結果を生ずる原因、いわゆるよい因縁で、黒葉とは悪い結果を生手る原因、いわゆるわるい
因縁で、黒自業とは同方が混合している業である。通常の人はほとんどこの紙の業に属してい
る。ローギーはこれらのいずれの落からも超越するのである。
私は、真言密教につたわる!大白法』を以てこの法としている。これは、古来よりの因縁解
法として最高のもので、他にこれ以上の法はちょっと見あたらないからである。
「普通,これは1000日つづく修行である。1000日つづくといっても日常生活のうちに修
言できる行法であるし、とくにむずかしいというものではない,1000日の間に法を身にっ
は、図説を完成するとともにりっぱな音改者としての素養と知識をふかめ、指導者としての
人格、識、能力を高めてゆく。この修行だけでも、人は、非常にすぐれたパーソナリティの出
にじみくことだろう。
常の記の行がおよそ100日くらいすすんだ頃、グルによる直接の指導がはじまる。その第
一回は、受け入れの儀式である。その方法はさまざまである。修行者の因縁によりみな異な
る。これで修行者はダルの正式の弟子としてうけいれられたわけである。
この第一回の面接指導』から、ほんとうの修行、訓練近はじまるのである。
九段階の調練
が、将は、たつの市から成り立つ。
それに、真言を界における用の場によって補成されたシステムである。
高宗のは、真面設につたえる会副界と造り
