預流とはサンスクリットのスロータアーパンナ(須陀洹[しゅだおん])の訳で、無漏(煩悩のない状態)の聖者の流れに初めて預り入るとの意。②一来とはサクリッドアーガーミン(斯陀含[しだごん])の訳で、一度天界に生まれ再び人界に生まれて覚りを得るとの意。③不還とはアナーガーミン(阿那含[あなごん])の訳で、再び欲界に還ってこないとの意。④阿羅漢とはアルハトの主格アルハンの音写、尊敬に値するものという意で、「応供[おうぐ]」などと訳す。
預流 – 聖者の流れに入ることで、最大7回欲界の人と天の間を生れかわれば悟りを開く位。須陀洹 (シュダオン) を指す。
悟りの段階 -3
純粋な心-2. 預流果 (ヨルカ)-2
心 (マインド、潜在意識) は、記憶の束です。個我は、記憶の創造物です。
精神的習慣が、その人 (個我) の環境を作っています。その人 (個我) の環境は、すべてが記憶の投影です。
預流果は、三結 (3つの束縛) が絶たれている。預流果は、有身見 (うしんけん:五蘊を自己とみなす見解) が錯覚だと理解したのです。
悟りの段階 -6
純粋な心-4. 一来果 (イチライカ)-2
一来果でなくなるのは、「欲と怒り」です。一来果は、「執着と険悪がとれたもの」です。自分の「執着と険悪」の動機を探ります。
預流果では、有身見 (うしんけん:五蘊を自己とみなす見解) が錯覚だと知ります。
一来果でなくなるのは、「欲と怒り」です。一来果は、「執着と険悪がとれたもの」です。自分の「執着と険悪」の動機を探ります。
純粋な心-6. 不還果 (フゲンカ)
不還果 (フゲンカ) は、五下分結 (三結 + 貪《トン》・瞋《シン》) が絶たれている。
五下分結とは、欲界 (人の世界) へと縛り付ける「5つの束縛」です。
このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。
